恋のジョージおじさん
ふたりの人を同時に好きになる……一般的にはそんなに珍しくもない話だが、綾子の場合は少々事情が違った。 綾子にはトムという恋人がいた。トムは綾子と同じ大学の留学生。二枚目でスポーツも万能。国籍の違いなど感じさせない、すばらしい恋人だった。ただ一か所を除けば。 ある日、綾子はトムの家に遊びに行った。そこにいたのだ。トムをより完璧にした男性が。 その人の名はジョージ。トムの父親だった。 トムの女性の趣味はやはり父親譲りだったのだろう。ジョージと綾子はその日以来急速に接近していった。たまに会って食事をするだけだったが、それは綾子にとって最高の時間だった。 数々の経験に裏打ちされた豊富な話題は尽きることなく、ひたすら綾子を楽しませた。ジョージの青い瞳を見ているだけで、何か大きなものに抱かれているような安らぎを感じる。綾子はその心地よさの虜になった。 母子家庭に育った綾子が、父親の顔を知らないせいもあっただろう。トムになくてジョージが持っていたもの、それは大人の男性の包容力だったのだ。 わたしの相手はこの人、ジョージおじさんしかいない。綾子は日に日に強くそう感じるようになっていった。ジョージはトムの母親とはすでに離婚していたので、綾子とつきあうことには何の問題もない。 ある晩、意を決した綾子はトムにすべてを打ち明けた。当然のことながらトムは激怒し、綾子を罵った。だが、綾子は平気だった。そんなトムのすべてが子供じみて感じられた。 早くジョージの広い胸に抱かれたい。綾子はトムを残して足早に店を後にした。その足でジョージに会いに行き、正式に交際を申し込むつもりだったのだ。 綾子がこれからの新しい生活に胸を踊らせながら、交差点に足を踏み入れた時である。一台の車が綾子に向かって猛スピードで突っ込んで来た。 よける時間はなかった。 宙を舞いながら、綾子は運転席にトムの姿を見た。 気がつくと、綾子は白いベッドの上に横たわっていた。 「ここは……?」 「気がついたんだね。良かった」 「ジョージ……おじさん!」 綾子はたまらず、おじさんの胸に飛び込んだ。待ち望んでいたぬくもりを感じながら、綾子は泣き続けた。おじさんはやさしく綾子の頭をなでる。 「トムが……、トムがわたしのことを……」 「……許してくれとは言わない。どんな償いでもするよ」 「ううん。おじさんがそんなことを言う必要はないわ。うふふ……。おじさんはやっぱりトムとは違ってやさしいのね。……今はっきりと分かったわ。わたしにはやっぱりあなたしかいない。ジョージおじさん、お願い。わたしと結婚して!」 「……それはできない」 「どうして?」 「それは……私がジョージではないからだよ」そう言うと、男は綾子に鏡を手渡した。 それを覗き込んだ綾子はショックのあまり失神しそうになった。 「驚くのも無理はない。君は二十年の間、意識を失っていたんだ。……私はトムだよ」 「そんな……! じゃ、ジョージは? ジョージおじさんはどこ?」 「ジョージは……親父は死んだよ。数年前に病気でね」 「……!」 「親父にとっては幸せな晩年だったよ。再婚したんだ。……いや、復縁したと言うべきかな。二十年前にね。相手は……」 トムの言葉を呆然と聞いていた綾子がすべてを理解するまでに時間はかからなかった。 ジョージが自分に接近したのは、そういうわけだったのか……。 「お父さん……!」 綾子の青みがかった瞳からは、大粒の雫がこぼれ落ちた。 失ってしまったかけがえのない二十年の歳月。最愛のおじさんとはもう会うことすら叶わない。そして、その最愛のおじさんと同じ魅力を手にしたかつての恋人とは結ばれぬ運命……。数え切れない悲しみをのせた涙はいつまでも絶えることなく流れ続けた。