転人生
「もう、死んじまおうかな……」 深夜営業の風呂屋。カズオは仮眠室でぐったりと横になりながらぽつりとつぶやいた。 カズオは恵まれない人生を送ってきた。女にもてず、金もない。将来の夢もなければ、毎日生きていて特に楽しいこともない。 特に切羽詰まった不幸があるわけではなかったが、それもまた問題だった。自分の行く末にはつまらない未来しか見えない。つまり、人生に張り合いがないのだ。 希望のない人生を生きることにつくづく嫌気がさしてしまった……。 「では、死ぬ前に別の人生を生きてみたらどうじゃ?」 いつしかうたた寝を始めたカズオの夢の中に、眩い光と共に神様が現れて言った。 「お前が目覚めて最初に触れた人間と、心だけを交換してやろう。どんな人間にも一度だけ転人生できる権利があるのじゃ。別の人間になれれば、今の人生にはない新しい世界が開けるじゃろう……」 はっと目を覚ましたカズオは、ぼんやりと今見た夢のことを考えていた。確かに、他の誰になっても今の状況よりはマシだ。困難を背負うことになるかもしれないが、それも新鮮だ。平坦な人生よりもいい。少なくとも当分は死のうなどとは考えないだろう。 そう考えると、カズオはなんだかわくわくしてきた。こんな気持ちになったのは久しぶりだ。夢の中の神様の言葉が本当かどうかは分からない。だが、信じてみるのも面白いじゃないか。さて、誰と人生を交換しようか。 そうつぶやくと、カズオは勢いよく立ち上がった。 「わッ!!」 次の瞬間、カズオは床の上をごろごろと勢いよく転がった。薄暗い仮眠室で、誰かと衝突してしまったのだ。 「え……? タクヤ……!?」 カズオが状況を飲み込んだ時にはすでに遅かった。カズオの手はしっかりとタクヤの肌に触れていたのだ。 * * 「はぁ~。もう、死んじまおうかな……」 カズオは鏡を見ながら肩を落とした。 あの夢が本当だったのかどうかは、もはやどうでもいいことだ。タクヤもカズオと同じ風呂上がりだったため、共に裸にタオル一枚だけの姿。しかも、二人で天地が分からないほど床を転がったときている。神様の言葉の真偽は分からなくなってしまったのだ。 はっきりしているのは、カズオに与えられた権利がパーになったということだ。 「よりによって、お前も来てるとは……」 双子の弟の肩を叩きながら、カズオはため息を繰り返すのだった。