『 セミの声 』(横書)(文字大:L4L3L2LMSS2S3)(目次)(SS トップ

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セミの声

「ミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ン」 「ああ~ッ! もう、うるさくて勉強が手につかないよ」  マサルはエンピツを投げ出すと、頭を掻きむしった。  浪人2年目の夏。今が一番大事な時だというのに……。 「ミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ン」  窓を閉めればよさそうなものだが、冷房がないマサルの部屋はただでさえ暑いのだ。窓を開けておかなければ、たちまち蒸し風呂になってしまう。  チリーン。涼しげな風鈴の音も、マサルの頭を冷やすには至らない。マサルは思わず叫んだ。「うるさ~~~い! 黙れッ!!「ミ~ンミ……、……」  たちまち静寂がやってきた。  マサルは驚いた。「な、なんだ? こいつら、おれの言葉が分かるのか? それとも、おれはセミを操る能力を持った男だったとか?」 「……~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ンミ~ン」  すぐに再び鳴き出したセミの声を聞いて、マサルは肩をすくめた。 「あ~あ。セミの言葉がしゃべれればそれで大儲けして、こんな受験地獄からは抜け出してやろうと思ったのに……ま、そんなわけないもんな。あ~あ」  マサルは大アクビをすると、勢いよくベッドに倒れ込んだ。 【特別付録:セミ語対訳】 ■ 1つ目の太字文 「ラララおれたちゃ暑い夏が好き~♪」 ■ 2つ目の太字文 「ルルルおれたちゃ短い青春を~楽しんでいるのッさァ~♪」 ■ 3つ目の太字文 「ラララおれたちゃ……、ひェッ……!?」 ■ 以下は4つ目の太字文以降のセミたちの会話 「だいじょうぶか!?」 「ウエ~ン。ボク、怖かったよぉ。ワ~ン」 「おおよしよし、かわいそうにな……。ボウズを泣かせるとは許せん! 今、罵声を浴びせてきた奴はどいつだ!? よっしゃ! この辺りにいる仲間を全員招集してやろう。今夜、皆でそいつを襲撃するんだ。だからボウズ、泣くのはおやめ」 「ホント? わーいわーい」 「フフフ。我々セミの力を甘く見るなよ……グフフフフフフフフフフフフフフ」  セミは不気味に笑いながら、仲間を集めに飛び立っていった。    *   *  さて、その翌日。 「マサル! いつまで寝ているの。いい加減に起きなさい」  マサルの母親が部屋のドアを開けると、ベッドはもぬけの空だった。 「マサル……? マサル! どこにいったの!? マサル! マサル〜!!」  母親はただならぬ事態を想像して、たちまち青ざめた。  だがその時、部屋の隅から声が聞こえた。「母さん、ここだよ」  何のことはない。マサルはすでに部屋の奥の窓際で机に向かっていたのだ。 「脅かさないでよ、マサル。今日に限って何でこんなに早起きなの?」  マサルは、さわやかな笑顔で言った。「いやぁ、今日はセミもいなくて勉強がはかどるんだよ」 「そう。それはよかったわね。……あら、窓のところにあった風鈴は?」 「あれ、そういえばないね。どこにいったんだろう?」  風鈴はいくら探しても出てこなかった。 【特別付録2:風鈴語対訳】 ■ マサルが叫ぶ前に鳴った涼しげな風鈴の音 「うるせぇぞクソゼミ! 俺の音が目立たないんじゃボケェ!!

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あとがき

 私の仕事部屋の網戸はセミの休憩所になっており、窓を開けたままにしておくとうるさいことこの上ないのです。とはいえ、セミの声と風鈴の音。焼肉と生ビール。夏っていいもんですねぇ。

(2000/8/7)

 去年は余裕でこんなあとがきを書いているのに、今年は7月の時点ですでに暑さに耐えられない。私が年をとって暑さが苦手になったのか、今年が異常に暑いのか……。

(2001/7/11)

 元々は「罵声がきこえたのはセミの坊やだけ」という内容になっていましたが、その場にいたセミ全員にきこえていないとおかしいので、そのように書き直しました。

 20年前は冷房なしで網戸からの風を頼りに暮らしたりもしていましたが、昨今ではもう冷房なしでは暮らせない気候になってしまいましたね。エアコンはつけっぱなしにしたほうが電気代が安い(さらに南の窓の外に布を張って直射日光を遮ると驚くほど電気代が下がりました)とのことなので、最近はそうしており、セミの声も聞こえない暮らしになりました。快適を得て情緒を失ったのかもしれません。

(2021/3/4)

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