恋のイルカレター
恋をしたからって、別に何かがはじまるわけじゃない。 だって、恥ずかしがりやの私には、告日する勇気がないんだもん。 「あたしが代わりに伝えてあげようか?」 だめ。好きな人が誰か知られるなんて恥ずかしい! 「だったら、手紙はどう? きっとうまくいくよ」 だめ! うまくいかなかったらどうするの? 彼のところに失敗の証拠が残っちゃう。 「じゃあ、イルカしかないわね」 だめぇ~~~~!! ……って、え……? それどういうこと? 「近所の水族館に親切なイルカがいるのよ。そのイルカの前でこっそりと好きな人のことを言えば、思いを伝えてくれるってうわさなの」 からかわないで! 「知らない? イルカって人間並にかしこいのよ。人間の言葉も理解するし、超能力を持ってるとまで言われてるんだから」 確かにかしこいとは聞くけれど、そんな話とても信じられない……と言いつつ、今、私は水漕の前に立っている。恥ずかしくて彼としゃべることすらできない私には、こんなことをするのが精一杯なの。 辺りに人影がないことを確かめると、私はちょうど目の前にいた小柄なイルカに話しかけた。 「イルカさん聞いて。私が好きなのは3組のタカシくんなの。この思いをどうか彼に伝えて!」 次の瞬間、私の頭の中で声が聞こえた。「分かった。伝えてあげるよ!」 「……何? 誰なの!?」 「ボクだよ。目の前のイルカだよ。タカシくんって、この人だろう?」 その言葉に続いて、私の頭の中に広がったのはタカシくんの笑顔だった。 「な、何これ……」 「君の脳にテレパシーで直接イメージを送ったんだ。どうしてタカシくんの顔を知ってるかって? ボクは人間にはない特殊能力を持っているのさ。分からないことはないよ!」 「でもあなた、水槽の中から出られないじゃない。どうやって伝えてくれるの? タカシくんの家までそのテレパシーは届くの?」 「残念ながら近くの人にしか届かないんだ。でもちゃんと方法があるから大丈夫。安心して任せて!」 次の日、私が学校へ行くと、校門にタカシくんの姿があった。 いつものようにドキドキしながら私が横を通り抜けようとすると、タカシくんがすれ違いざまにそっと囁いた。「ちょっと待って! あの……、……OKだよ……」 どんな方法かは知らないが、イルカが約束通り、私の思いを伝えてくれていたのだ。 それから、私の新しい日々がはじまった。モノトーンで覆われていた学校生活は、たちまち鮮やかな色で染められた。彼がいるってことが、こんなに素敵なことだったなんて! 学校を卒業してからも、楽しい日々は続いた。彼と過ごした誕生日。二人だけの海。クリスマス……。かけがえのない思い出が胸に刻まれた。私は思った。こんなに幸せでいいのかな。 だが数年後、破局は突然訪れた。タカシが浮気をしていたのだ。それも一回や二回ではない。ずっと他に女がいたのだ。問いつめるとタカシは「お前とは最初から遊びだった」とまで言い放った。 誠実で真面目な人だと思っていたのに……。私は奈落の底に叩き落とされた。 こんな人だと知っていたら、告白しようなんて思わなかったのに……!! 「じゃ、やめておこうか」 気がつくと、目の前には小柄なイルカがいた。 「え……? ここは……!?」そこは水族館の水槽の前。制服姿の私以外に人影はない。 「君と彼がつきあったらどうなるか予知して、イメージで見せてあげたんだ。どうする? これでもやっぱり彼に思いを伝えるかい?」 私はしばらく呆然としていたが、我に返ると腹から怒りがこみ上げてきた。 「……ひどい!」 「そうだ。彼ほどひどい男は滅多にいないよ。君も彼の被害者にならずに済んでよかったね」イルカはニコニコと優しい笑顔をこちらに向けている。 私はたまらず叫んだ。「何言ってるの、ひどいのはあなたの方よ! タカシくんがそんなひどい人だなんて…………そんなわけないじゃない!」 「何を言うんだ。ボクは予知したから言ってるんだよ」 「あなたの予知が正しいなんて保証がどこにあるのよ! いいかげんなこと言わないで!!」 「じゃあ、君は彼の何を知っているって言うんだい。しゃべったこともないくせに」 「……そ、それは……」 次の日の朝、私は校門の前に立っていた。 「ちょっと待って! あの、実は私……」タカシくんが横を通り抜けた時、自分でも不思議なくらい簡単に言葉が口から飛び出した。 イルカの言ってた『方法』って、このことだったのかな? そんなことがチラリと頭をよぎったが、別にどっちでも構わない。もっと大事なことを自分の目で確かめなくちゃ。 ゴールがどこにあろうと、スタート地点に吹く風は最高に心地いい。その風の感触を全身で味わいながら、私はゆっくりとタカシくんの横を歩きはじめた。