4人の殺人犯
「ふっ……、シャバの空気はうまいぜ」 よくあるセリフ。だが、まさか自分が呟くことになろうとは。 おれは高い塀を一瞥すると、足早に歩き出した。一刻も早くこの場所を離れたかった。 しかし、そんなおれの目の前に2人の男が立ちはだかった。 「よう、一村。お前も出てきたな」 「……や、やぁ。二藤に三田じゃないか。お前達も今日出所したのか?」 おれは2人にぎこちない笑顔をふりまいた。 おれたちは全員、6年間の服役を済ませたばかりなのだ。 いきさつはこうだ。6年前、居酒屋で呑んでいた5人の男が、些細なことから殴りあいの喧嘩になった。乱闘が続き、気がついた時には、その中の五木という男が死んでいた。 誰が殴り殺したのかは分からなかった。みんな酔っぱらっていて記憶が曖昧だったのだ。こういった場合、乱闘に参加していた全員に傷害致死罪が適用される。残りの4人の男達は全員、殺人犯として刑務所に放り込まれた。 「6年は長かったぜ。しかも、自分がやったわけでもないのによ」三田の言葉に、おれの心臓はきりきりと痛んだ。 「まったくだ。ひとりの真犯人のために、3人が巻き添えをくったってワケだ」二藤がおれの目をまっすぐに見つめながら言う。 おれは恐る恐る2人に尋ねた。「……お前らは誰が犯人だと思っているんだ?」 「決まってるだろう!」2人は一斉におれの胸に指を突きつけた。「四谷だよ。あいつと五木はずっと仲が悪かった。あいつに決まってる。だから、これから3人でヤツのところに行こうじゃないか。制裁を加えるためにな」 パチンコを打っていた四谷を見つけ路地に連れ込んだ時には、もうすでに辺りは暗くなっていた。 「おれじゃない……。だいたい犯人が分からないからこそ4人とも捕まったんじゃないか……」 「うるせぇ!」 命乞いを始めた四谷を、二藤と三田は容赦なく殴り始めた。ゴツゴツとした拳の音が、冷たく路地裏に響く。 「おい、一村。遠慮せずにお前も鬱憤を晴らせよ」 「ああ……」一瞬の躊躇の後、おれは四谷の前に歩み出ると拳を振り上げた。 「ギャアア……!」おれが拳を振り下ろすと共に、四谷が悲鳴をあげる。 一発、二発と四谷を殴りつけるうちに、おれの心臓の痛みは消え、代わりに言い知れぬ開放感が沸き上がってきた。それは罪の意識からの開放感だった。 五木を殴り殺したのはおれじゃなかったんだ! あの日、おれの拳は五木の左頬にめり込み、そのまま転倒した五木はそのままピクリとも動かなくなった。おれは咄嗟に、取っ組み合っていた他の3人の輪に加わったのだ。刑務所でもずっと恐怖に震えながら過ごしてきた。おれが殺したと悟った時の、皆の制裁が怖かった。 だが、それは無用な心配だった。殺人犯は四谷なのだから! 心から自由の身になれたという爽快感を味わいながら、おれは四谷を殴り続けた。 「ククククク……」その時、四谷が不気味な笑い声を漏らした。「ククク。真犯人が分かったよ」 「な、何を言うんだ。殺したのは四谷……お前、……だろう?」 「誤魔化してもパンチの感触で分かるんだよ。二藤や三田と比べて、一村……お前のパンチにはまるで芯が入っちゃいないぜ。やったのはお前だったんだな……」 「なにィ~、そうだったのか!」「貴様ぁ!」二藤と三田が怒り狂って迫ってくる。 「ウ、ウソだ……デタラメだ……」 後ずさりするおれの胸ぐらを、四谷が鷲掴みにして言った。「ウソかどうかは自分の体で確かめるんだな。……恨みのこもったパンチってのはこういうのを言うんだよ!」 3人の合計18年間の重みを味わいながら、おれは意識を失った。 気がつくと、目の前に五木がいた。 「うわぁ、お前まで化けて出たか。許してくれぇ。そして成仏してくれぇ」 「何を言うんだ。おれの方こそ、みんなの6年を奪っちゃって申し訳ないと思っていたのに、他の3人はまたブタ箱入りだし……」 「へ? なんで?」 「たった今、殺人を犯したからさ。お前、気づいてないのか?」 よく見ると、あたりは雲だらけ。ここがあの世というやつか。おれは泣き出した。「うわぁ~。お前を殺したバチが当たったんだぁ。ホントお前には悪いことをしたと思ってる。許してくれぇ」 「許すよ。……だからこっちも許してくれぇ。実はあの時、誰のパンチも効いちゃなかったんだ。おれ、自分で足を滑らせただけだったんだよ。ホントみんなには悪いことしたと思ってる。許して……ウグアッ!!」 おれは五木に心おきなく拳をぶち込んだ。