『 正しい浮気 』(→縦書き
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正しい浮気

 分かっちゃいるけどやめられない。世の中にはそんなことがあるものだ。  おれにとっての浮気がそうだ。女房に悪いと思ってはいるのだが、なかなかやめることができない。  だいたい、女房も愛人も両方愛しているのだから、どちらかと別れるなんて不可能ではないか。  なまじ真面目な性格に生まれたのが悪かった。きちんと罪悪感を感じるせいで、とても苦しい日々を送る羽目になっている。困ったことだ。 「このままではおかしくなってしまう。うわおおぉぉおおお……!!!」  精神的限界に達したおれが部屋で悶え苦しんでいると、白煙と共に尻尾の生えた男が現れた。 「お悩みのようですね。願い事を3つだけかなえてさしあげましょう」  どうやら、その後には魂を……というおなじみのやつらしい。でも2つだけならかなえてもらっても大丈夫だろう。おれはひとつ目の願いを口にした。 「おれを20年後の世界に連れていってくれ。10分間だけでいい」 「お安いご用」  悪魔が指をパチンと鳴らすと、部屋の家具が見たこともないデザインに変化した。20年後に到着したのだ。  息をひそめながら階段を下りると、おれは物陰からそっと居間の様子をうかがった。果たして、おれの苦しみは20年後も続いているのだろうか。  ソファに腰を下ろしているのは、ほどよく老け込んだ20年後のおれだった。隣で編み物をしているのは……愛人の女である。白昼堂々、自宅で浮気相手とくつろいでいるなんて! 答えはひとつである。 「やった!」  小さく歓喜の声をあげたおれは、自室へ戻り机の引き出しを開けた。そこには20年後の日記帳があった。日記帳をパラパラとめくるうちに、おれはすべてを理解した。  案の定である。数年前に妻と死別したおれは、愛人と再婚していたのだ。  10分が経ち、おれは晴れ晴れとした顔で現代へと戻って来た。  現在の愛人は未来の再婚相手だったのだ。現在は妻のことを愛しているが、未来では愛人を妻として愛するようになるのである。  愛が時間に左右されることはない。そう考えれば、現在で2人を同時に愛していたとしても少しもやましいことはない。むしろ、愛さないほうが不自然ではないか。 「どうやらお悩みは解決したようですね。2つ目の願いはどうなさいますか?」  2つ目はもういい……そう言いかけようとして、おれは口をつぐんだ。  さっき見た20年後のおれは、浮気をやめたのだろうか。もしかして、また別の女と浮気をしているのではないだろうか。  そして、自分の愛の正当性を証明するために、2人目の妻が死んだ後はその3人目の女と結婚するのでは……。  もしそうなら、現在のおれはその女とも付き合っていいことになる。  罪悪感を感じることなく3人の女と……! なんて素晴らしいんだろう!! どうせ3つの願いを言わなければ魂は取られないし、一か八かやってみる価値はある。  おれは悪魔に言った。 「2つ目の願いだ。もしおれが3人目の妻をもらうならば、今すぐその女を愛人にしてくれ」 「お安いご用」  悪魔が指をパチンと鳴らすと、おれの目の前にはひとりの女が現れた。しかも、一糸まとわぬ姿で。    *   *  それからのおれは毎日苦しい日々を送っている。  週に一度やってくる神父は切々と言う。 「大いに罪悪感を感じなさい。悪事を働いて罪悪感を感じないなどということは、悪魔に魂を売り渡したのも同然ですよ」  まさに今、おれは悪魔に魂を売り渡そうかどうか悩んでいるところだ。 「2つ目の願いは取り消し」3つ目の願いでそう頼めば、おれはこの監獄の中から解放される。このままではいずれそう頼まざるを得なくなるだろう。  何しろ未成年者略取の罪はあまりにも重い。  そう。あの日、悪魔の力でおれの目の前に現れたのは ── 裸の赤ん坊だったのだ。

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あとがき

 浮気を正当化するための言い訳は昔から色々とあります。

 曰く「両方とも好きなんだからしょうがないだろう」とか、「お前(浮気相手)も大事だけれど子供も大事なんだ」とか。

 浮気をしている人は「本当に両方とも大事なら、そもそも浮気なんかできないだろう!」という正論を常に忘れようと必死で努力している……なんていう考え方は絵空事なんでしょうね。

 ほとんどの人は魂の赴くままに浮気してるんでしょうから。

(2004/2/3)

「アンジャッシュ渡部建の自粛の件で思い出した記念掲載」です。

 男も女もかなりの割合で不倫をしているんじゃないかと思われる嫌な世の中。何が嫌なのかといえば「平気で嘘をつける人間が笑顔で闊歩している社会」が果たして成り立つのかということでしょう。大多数がそんな不誠実な人間ばかりだとしたら、それは「無法者の社会」「野生動物の社会」で、とても安穏と暮らせる社会ではないし、ほどなく破滅する社会なのではないでしょうか。

 浮気をしている人は、「罪悪感に苦しんでいる人」と、「まるで苦しまずにヘラヘラと楽しんでいる人」に二分されると思います。前者が多ければまだ社会は救われるのではないかと思い、前者を主人公にした話を書きました(妻の死を悲しんでいない時点でそもそも問題ありの主人公ですが)。

 果たして渡部建はどちらなのか。我々の社会は存続していけるのか。……存続してほしいものです。

(2020/6/10)

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