タイムマシンでかくれんぼ
「美和子さん、好きです。結婚してください!」 「いや、僕と結婚しましょう!」 「お願いします!!」 21世紀に入ってちょうど20年が経過した年の大晦日。美和子がバルコニーへ出ると、豪邸の広い庭に集まった数十人の男の叫び声は一層大きくなった。 ミス・ユニバースのような容姿で家は大金持ち。そんな美和子への結婚申込者は日に日に増えていくばかりだった。このままでは収拾がつかなくなってしまう。一計を案じた美和子は、男たちに向かって口を開いた。 「おひとりだけを選ぶなんて、私にはとてもできません。そこで皆さんには競争をしていただくことにしました」 「競争?」男たちは闘争心に燃えた目で周囲を見つめた。 「と言っても私は野蛮なやり方は好みません。ここに人数分のタイムバイクを用意しました。皆さんにはこれでかくれんぼをしていただきます」 美和子の合図と共に執事がカーテンの布を引くと、そこには数十台の白いオートバイが整然と並んでいた。セレブ向けに最近やっと市販され始めたばかりの時間移動機能付きバイクだ。 「隠れられる時代は無限にあります。どの時代に行っても構わないし、どんなやり方で隠れても構いません。鬼の私に最後まで見つからなかった方、見事に勝利したその方と私は結婚します。……それではスタートしてください!」 大きな雄叫びと共に、男たちはバイクへと群がった。参加を躊躇する者はいなかった。男たちの顔は皆、嬉々としていた。今まで追いかけてきた女に、追いかけられる立場になれるのだ。これが喜ばずにいられるか。 男たちを乗せたバイクは次々と超空間へと消え、後には静寂だけが残った。 バイクの台数が足りるかどうかが心配だったのだが、どうやらちゃんと人数分用意してくれたらしい。美和子は執事の手際の良さに感心した。 「ささ、お嬢様には追跡用のタイムリムジンを用意してります」 そう言いながら駆け寄ってきた執事に、きらびやかな笑顔を見せながら美和子は言った。「ううん、いいの。行かないのよ」 きょとんとしている執事に美和子は続けた。 「これであいつらはみんな永久に私の周りから消えちゃったってわけね。だってそうでしょう。私に見つかったら結婚できないんだもの。はるか遠い時代でせいぜい苦労するがいいわ。ああスッキリした!」 美和子は両手を上げてのびをすると、あくびと共に寝室へと消えていった。 * * 超空間にて。その男はひとり悩んでいた。意気揚々とタイムバイクを発進させたはいいが、さて、どの時代に隠れたらいいものだろう。 参加人数からしても、このかくれんぼは長期戦になる。長期間身を隠すには、情報網が未発達な大昔の方が都合がよさそうだ。戸籍のない時代、新聞のない時代、どうせなら文字も未発達な原始時代がいいんじゃないだろうか。 ……いやだめだ。西暦1年の地球の人口は約3億人。現代のわずか25分の1だ。それ以前はもっと少ない。その中に紛れ込んでもすぐに見つかってしまう。 では未来は? 人口が数千億に増加した未来なら見つからないんじゃ……。 ……いやだめだ。おそらく、地球は数千億の人口を支えられない。当然、人類の一部は他の惑星へと移住していることだろう。しかしそれなら、おれも遠い未来のさらに遠い最果ての外惑星へと移住すればいいのでは? ……いやだめだ。地球から離れれば離れるほど、地球人は「珍しい生物」と認識されるようになるだろう。きっとその分だけ目撃情報も多くなってしまう。 そうなると、残る時代はあそこしかない。 男はタイムバイクのアクセルを思い切りふかした。 * * 男がやって来たのは、わずか一か月後の現代だった。 結局、馴染みの深い現代で過ごすのが得策だと考えたのだ。どの時代に行ってもいいというルールなのだから別に違反にはならない。 自宅には戻らず病院へと向かった男は、一晩で顔の整形手術を行った。 手持ちの金で手術代を支払うと、目立たないマンションに居を構えた。 大昔や未来では金が使えない。こんなに素早い行動は不可能だったろう。 拠点を現代にした理由は他にもある。愛しい美和子の姿を見たかったのだ。 男は毎日のようにこっそり美和子邸へ足を運び、物陰から女の無防備な姿を覗き見た。灯台下暗し。整形もしてある。見つかる不安はさほどなかった。 そんな生活を続けて数年後。男の心には別種の不安がわき起こってきた。 なにしろ、美和子は毎日のんびりしているばかり。タイムマシンに乗って自分たちを探しているようなそぶりはどこにもないのだ。 もう決着がついてしまったのだろうか? そんなはずはない。現におれがまだ隠れているじゃないか。それに、おれ以外にも屋敷を覗く怪しい男の姿を度々見かける。もしかしたら、参加者全員がおれと同じ隠れ方で美和子を覗いているのかもしれない。なのに、かくれんぼが終わったとすると……。 そうか! おれたちはすでに見つかってしまっているのだ。 見つかっても本人には告知されないルールなのだ。畜生。失敗した! ……でも、あきらめたくない。なんとか敗者復活する方法は……。ないかないかないか……。……あった!! 男たちは、隠してあったタイムバイクのエンジンを勢いよく点火した。 * * 「美和子さん、好きです。結婚してください!!」 「いや、僕と結婚しましょう!!」 「お願いします!!!!」 21世紀に入ってちょうど20年が経過した年の大晦日。美和子がバルコニーへ出ると、豪邸の広い庭に集まった数百人の男の叫び声は一層大きくなった。 鳴り止まぬ大歓声に、美和子は首をかしげた。「こんなに大勢いたかしら? 最初、私に言いよってきたのはほんの数人だったような気がしてならないんだけど……」 執事も首をひねりながら言った。「変なんですよ。うちにはタイムバイクは数台しかなかったはず……。この数百台をいったい誰が手配したんでしょう?」 「不思議ね~。……まぁいいわ。この計画がうまくいったら、あいつらはみんな永久にわたしの周りから消える………………わよね?」