スピード勝負
月で一番の大都市、ムーンシティ。ここにウォン氏とローズ氏という勝負事の好きな二人が住んでいた。 二人はことあるごとに金を賭けては対決した。しかしたいていの場合、負けるのはローズ氏の方。 ローズ氏は挽回しようと、次々とウォン氏に勝負を挑むのだが、ウォン氏が自分が得意な勝負しか引き受けないこともあって、ことごとく負けてしまうのだ。 ウォン氏は賭けに買ったお金で会社を始め、成功を収めた。一方、ローズ氏はその日の暮らしにも困る有り様。 「なんとか一発で逆転する方法はないものか……」 ローズ氏は頭をひねった。ようするに、今まで負けた分以上の金を賭けた勝負で勝てばばいいわけだ。 「何かをこっそり練習して、上達したらそれで勝負を挑もうか……。いや、だめだ。おれは今すぐに逆転したいのだ。ジャンケンのような、運がすべてのゲームだったらすぐに勝てるかもしれない……。いや、だめだ。ウォン氏がそんな勝負に大金を賭けるわけがない。だいたい、大金を賭けるのだから、並大抵の勝負ではあいつが承知するわけがないんだ。あいつが承知しそうで、なおかつすぐに勝負がつく大勝負……」 ローズ氏は考えに考えたあげく、ウォン氏を自宅に呼び出してこう言った。 「今度の勝負には十万ドル賭けないか?」 「随分大きく出たな。今まで負けた金を一気に取り戻そうってわけか。いいだろう。ただし、それだけの大勝負なんだろうな」 「ああ。今までにない大勝負だ。ズバリ、地球を一万周してここに先に戻ってきた方が勝ち……というのはどうだ?」 「一万周? 確かにスケールがでかいな。いいだろう、受けて立とう。おれの自家用スペースシャトルを使えば一万周くらいわけないからな。で、お前はどうするんだ? 何か乗り物を持っているのか?」 「いや、何も」 「なんだ。それじゃ、勝負はもう決まったようなもんじゃないか」 「確かにもう決まってる。……おれの勝ちだ」 「なに!?」 「おれは乗り物なしでも一万周してみせるって言ってるのさ。分かっていないようだな。地球は一日で一回転するんだぞ。月で暮らしていれば二十八年で軽く一万周を超えるんだ」 「アッハッハハハ! 随分と気の長い話だな。おれは数日もあれば一万周できるんだぜ」 「もちろん、おれはそれよりも早く戻ってくるつもりさ」 ローズ氏がそう言った瞬間、二人の前に突如として一人の老人が出現した。 「やあやあ、間にあったようじゃな。ワシは今、乗り物なしで一万周してきたところじゃ」 ローズ氏そっくりの顔立ちしたその老人は、右手をふりながら得意げに笑った。 「もっとも、ここに来るためにはちょっとだけ乗り物を使ったんじゃがな」 老人の手に握られたチケットには『普通乗車券・三十年前行』と書かれていた。 「タイムマシンを使ってはいけないというルールはない。どうやらワシの勝ちのようじゃな」 未来のローズ氏がそう言うと、現代のローズ氏は歓喜のガッツポーズをしながら叫んだ。「じいさん、あんたの勝ちだ! そしてつまり、おれの勝ちだァ!!」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ……というのが現代のローズ氏が考えた筋書きだったのだが、思惑に反して未来のローズ氏は一向に現れなかった。 「なんでお前の勝ちなんだ?」ウォン氏はいぶかしげにローズ氏を責めたてる。 「ええと……それは、その……、と、とにかくおれの勝ちなんだ」ローズ氏は焦った。この計画を立てた瞬間に、自分は三十年後にタイムマシンに乗ることを心に誓ったはずだ。なのに、何で今ここに未来の自分は現れないんだ……!? 「だからなんでだよ! なあ? なあ?」 「それが……その……」しどろもどろで汗だくになったローズ氏はおずおずと切り出した。「……ところで、一万周はやっぱり多すぎるだろう。五千周にしないか?」 「え? 別に構わないが……」 「いや……、四千周、三千周、二千周、千周……。ええい! いっそのこと五百周に……」ひとことずつ噛み締めるように言葉を口にしながら、ローズ氏は今にも泣き出しそうな顔になった。 「……? いいけど?」 ウォン氏がそう答えたその時である。待望の未来のローズ氏が「やあやあ」と右手をふりつつ、二人の前に現れた。 賭けはめでたくローズ氏の大勝利。しかし、当の現代のローズ氏は浮かない顔をしている。 不思議に思ったウォン氏は尋ねた。「お前、賭けに勝って大金を手に入れたっていうのに嬉しくないのか?」 「そりゃ、嬉しいさ。だけど……」 「だけど?」ウォン氏が顔をのぞき込むと、今にも泣き出しそうな顔のローズ氏は叫んだ。 「いくら大金を手にしても、自分の命があと三年もないと知って喜べるものか!」