恋のタイムマシンガン
「やっちまった……」 おれは茫然とその場に立ちつくしていた。 付き合っている女のマンション。目の前には部屋の主である女が、全裸のまま転がっている。恋人同士によくある痴話喧嘩がエスカレートした末、つい首を絞めて殺してしまったのだ。 「ああ、どうしよう……。イヤだ。捕まりたくない。神様……! いや、悪魔でもいい。何とかしてくれェ!!」 「……何とかしましょう」 「だ、誰だお前は?」おれのその言葉は愚問だった。 突然現れたその黒ずくめの男には、先のとがった尻尾が生えていたのだ。 「悪魔だな。おれを助けてくれるのか?」 「はい」悪魔はうなずくと、懐からおもむろにマシンガンを取り出した。 「うひゃあっ!」 「勘違いしないでください。……これで過去に逃げればいいのです」 「過去へ?」 「これはタイムマシンガンです。これで人を撃ち殺せば、その人に本来残されていた寿命分だけ過去へ行くことができるのです」 「また殺人を犯せっていうのか? とんでもない!」 「大丈夫。殺人を犯した時よりも過去に行くわけですから、捕まる心配はありません」 確かにそうだ。仮に殺人を犯した年代まで生きたとしても、アリバイを作っておけばいい。さらに、警察の捜査網が未発達な時代まで戻ればすべてが解決だ。 悪魔からマシンガンを手渡されたおれは、ゴクリと唾をのんだ。「ま、まさかこれと引き換えにおれの魂を……」 「ご安心を。あなたの魂は頂きません。その代わり、あなたの撃ち殺した人の魂は全部頂くというわけでして……」悪魔はそう言うと「イシシ」と笑った。 なるほど、それならば悪魔に損はない。納得したおれはマシンガンを片手に外へと走り出た。 表通りに出ると、ちょうど初老の男が歩いてきた。おれの手に握られているマシンガンを見て、男は「あ」という声を漏らす。その声が消えないうちに、おれはマシンガンをぶっ放した。 男が蜂の巣になった瞬間、おれの目の前は真っ暗になった。タイムスリップをしているのだ。気がつくと、目の前に人影はなかった。 「ここは……?」 見たところ、町並みには何の変化もない。通りのポスターを見ると『2020年大感謝セール』と書かれている。さっきの男は、あと1年の命だったというわけか。 もっと過去へ戻らなくては。 通りかかった若者を撃ち殺したおれは、またタイムスリップした。 轟く爆音。逃げまどう人々。町は赤く燃える炎に包まれていた。おれは戦時中まで戻ってしまったのだ。 焼け落ちた家の壁が、おれに向かって倒れかかってくる。 「うわあああ……!」おれは側にいた群衆に向かってマシンガンを乱射することで難を逃れた。 3たびタイムスリップしたおれの目の前には、時代劇の町並みが広がっていた。どうやら、一度に複数の人間を殺すと、全員の寿命分タイムスリップするらしい。 「まぁ、こんな時代でのんびりと暮らすのも悪くないか」おれがほっと一息ついていると、ちょうど側を通りかかった侍と肩がぶつかってしまった。 「何だ貴様は。怪しい奴め!」侍は目にもとまらぬ早さで刀を抜くと、高々と振りかざした。 「うわぁああ、た、助けてぇ!」おれはそう叫びながら、夢中でマシンガンを発射した。 4たびタイムスリップしたおれがたどり着いたところは……最初のマンションだった。 目の前には全裸の女が転がっている。 「なんだ? 戻って来ちまったじゃないか!」うろたえるおれに、いつの間にか側に来ていた悪魔が言った。 「あなたがさっき撃ち殺した侍は、その後多くの人を斬り殺す筈だったのです。あなたはその人たちの命を救ったので、その寿命分だけ未来にタイムスリップしたわけです」 「そ、そんな……」 おれがうなだれていると、ドアが勢いよく開き警官が飛び込んできた。おれが彼女を殺してから、もうすでにかなりの時間が経過していたのだ。「逮捕する!」 おれは向かってきた中年の警官にマシンガンを撃ち込んだ。 5たびタイムスリップしたおれは辺りを見回した。「もう残りの弾丸も少ない。次が最後のタイムスリップだな。なるべく若い奴を……」 すると、近くに年端もいかない少年の後ろ姿が見えた。 「ちょうどいい!」マシンガンをぶっ放した瞬間、おれの目の前は真っ暗になった。 だが、次の時代にはなかなか着かなかった。「なんだ? どうしたんだ?」 「あなたは死んだのです」悪魔が現れて言った。「あなたが撃ち殺した少年は、少年時代の『あなた』だったのです」 悪魔はおれの魂を抱いて「イシシ」と笑いながら天を飛んでいく。 え? 他の魂はどうしたのかって? 大丈夫。大量殺人者のおれが少年時代に死んでしまったのだから、その後は誰も死んでいないことになる。もちろん最初の女も。 なんて残酷な話なんだと眉間にしわを寄せていた方々、どうぞご安心を。