命の選択
突然の山崩れだった。 たまには家族水入らずで山の温泉へ……などと思ったのがつくづく悔やまれる。 妻と幼い息子を乗せた車で崖上の細い道を走っていたその時、なんの前触れもなく頭上から大量の土砂が降ってきたのだ。 車は土砂で道から押し出される形になり、おれは開いた運転席のドアから外に投げ出された。 「うわぁぁぁぁ!」おれは必死に空中でもがいた。運良くそこには崖壁から伸びる木があり、おれはそれをつかむことに成功した。 だが喜んではいられない。愛する妻子を乗せた車が、今まさにはるか谷底に呑み込まれようとしているのだ。もうとても助ける術はない。 ふたりを失った人生なんて考えられない。「神様……!!」おれは必死に祈った。 「呼んだか?」神はすぐに現れた。驚くべきことだがそんなヒマはない……と思ったら落下している車は空中で停止している。時が止まったのだ。 「か、神様! 妻と子供を助けて下さい!」 全身を神々しい光で輝かせながら神は言った。「分かった。妻と子のどちらかだけを助けよう。お前が選ぶがよい」 「なんですって!」ふたりのどちらかを選ぶなんて! そんなことできるわけがない。 「早く選ばんと時間停止術が解けてしまうぞ」 神に促されておれは苦渋の決断をした。 「つ、妻を、妻の方を助けて下さい」 神は尋ねた。「どうして子供でなく妻を選んだのだ?」 「子供は流産したと思えばいい……。親には子供を産む選択をする権利がある。逆に言えば、おれは妻の親じゃないから妻の命を奪う選択をする権利はない。そうでしょう?」 「う〜む、なるほど。命を奪う権利を持っているのはその生命を生み出した親だけというわけじゃな。確かに一理ある。よし、お前の考えを尊重してその通りにしよう」神がそう言った瞬間、時が動いた。土砂が谷底へと落ちて行く。しかし、そこに車の姿はなかった。 おれが急いで崖の上へと這い上がると、そこには車と共に妻と息子の姿があった。 「あなた……、何があったの?」 「パパ~!」 おれは目を疑った。息子も生きている! 神はふたりとも助けてくれたのだ。 「あなた!」「パパ~!」 妻と息子は安堵の笑顔で駆け寄ってくる。しかし、おれはそんなふたりを無言ではり倒した。 「な、何するの!?」「うわ~ん!」 「うるせぇ!」おれは妻をビンタしながら叫んだ。「お前がそんな女だったとは知らなかったぜ! 一体、本当の父親はどこのどいつなんだ!?」