星の待望マイホーム
とうとう待望のマイホームを購入した。 マイホームというと語弊があるかもしれない。土地を買っただけで、まだ家を建ててはいないからだ。 30年のローン。マルノウチ星系から356光年の距離にある、一日で赤道を一周できるほどの小さな星。だが、僕と妻のふたりだけで住むには十分すぎる広さだ。 ワープを使えば、出勤もそれほど苦にならないし、許可さえ取れば星を操縦して家ごと旅に出ることもできる。 まさに夢のマイスター。僕は一国一星の主となったのだ。 「すてき!」 初めて星に降り立った妻は、歓喜の声をあげた。 一面ツルツルの真っ白い岩肌。辺りにはなにもない。 どこが素敵なんだと言うなかれ。僕は人工分譲星の中でも、最もシンプルなタイプを購入したのである。この星をどのような景観にするかはこれから自由に決めることができるのだ。そのための費用も残してある。 「さあ、出発だ」 僕は星に取り付けられているロケットエンジンに点火すると言った。これから星ごと『銀河辺境の旅』に出かけるのである。 結婚してから丸5年。マイホーム資金を溜めるのに夢中だった僕たちは、まだ新婚旅行に行っていなかったのだ。 進路が定まると、僕は妻に言った。「目的地まではまだ時間がかかる。その間に、この殺風景な景色を何とかしよう。『星紙』の色は何がいい?」 「決まってるじゃない。やっぱり新婚同然だもの。ピンクがいいわ」 「冗談じゃない、そんな恥ずかしい色にできるもんか。おれはシックに黒で決めたいな」 「そんなのイヤよ。知らないの? 黒系統は星を狭く見せるって言うじゃない……。ピンクがダメなら植物っぽくグリーンがいいわ!」 僕たちはお互いに一歩も譲らなかった。端から見るとバカバカしい争いに映るのかもしれない。だが、ある意味で僕たちはこの『マイホームを買った時にしかできないケンカ』を楽しんでいたのだ。 何とか星紙も貼り終えたその夜(結局お互いの意見を採り入れることで決着した)、僕たちが仮設のカプセルハウスで甘い夜を過ごしていると、突然周囲にけたましい電子音が鳴り響いた。 「警報だ。何だろう?」慌てて星操舵室に駆け込んだ僕は愕然とした。 「どうしたの?」 「星が猛烈な勢いで加速を始めているんだ。どうやら何か巨大な星に引き寄せられているらしい。このままだと衝突してしまう!」 「ええっ、なんとかして!」 もちろんだ。僕はすかさず、星のロケットエンジンを逆噴射させた。 「……ダメだ! このままじゃ止まらない」 「もっと出力は上がらないの?」 「なんとか頑張ってるんだが……」 そうこうしているうちに、空には巨大な惑星が現れた。惑星は瞬く間に空を覆い尽くしていく。 「もうダメだ、ぶつかる……!!」 「キャアアアアアアアアアアア!!!!」 「……………………………………!!!!!!!!!」 * * ……恐る恐る目を開けた時、僕たちはまだ生きていた。 逆噴射の出力がギリギリのところで間に合ったらしい。僕たちのマイホームは、巨星の地表すれすれのところで停止していた。手を伸ばせば巨星の地面を触ることができるほどの位置。まさに間一髪だった。 ホッと胸をなで下ろしたのも束の間。僕たちの耳に届いたのは、巨星の住人らしき巨人の声だった。ほどなくして僕と妻は、自分たちで選んだ星紙が引き起こす悲劇に直面することになる。 巨人は嬉々とした声でこう叫んだのだ。 「あれ? 二個買ったっけ? ま、いいか。さぁ、スイカ割りをはじめようぜ!」