星の酸欠状態
「……もうダメだ!」 メーターを見たおれの顔は、だいぶ前から青ざめたままだった。 船内に酸素はあとわずかしか残っていない。おれはこのまま死を待つしかないのだろうか。 * * 最新鋭の光子ロケットでおれが地球を飛び立ったのは、ちょうど5年前のことだった。使命は地球外知的生命の探索。全人類の期待を一身に背負って、おれは希望にあふれていた。 だが、旅は予想に反して孤独と絶望に満ちたものとなった。いくつもの太陽系を通過したが、生命のある惑星はひとつも見つからなかったのだ。 おれは失望感に打ちのめされた。そして、そんなおれに追い打ちをかけるような事件がほどなくして起こった。船のエンジンが故障したのだ。 食べ物は固形食糧で何とかなる。だが、まずいことに酸素タンクの残量があとわずかになってきた。どこかの惑星に寄って酸素を補給することもできない。この広い宇宙空間を漂っているしか、おれに残された道はないのである。 「このままでは死んでしまう……。どうしたらいいんだ!!」 どうやら、いよいよ酸欠状態になってきたようだ。おれはバタリと床に倒れ込んだ。 その時、鈍い衝突音と共にロケットが激しく揺れた。窓から外を見ると、見慣れない形の宇宙船がおれのロケットに横付けしている。 「異星人だ!」 待ちに待った相手を目の前にして興奮しながらも、おれは床にはいつくばることしかできなかった。しばらくすると、イボガエルのような顔をした大柄な異星人がひとり、ハッチに繋がれたチューブから船内に乗り込んできた。 姿形はこの際関係ない。とにかく、おれは助かったのだ。 精神感応式翻訳機のスイッチを入れると、おれは言った。「……ロケットが壊れて、このままだと死んでしまいます。すいませんが酸素を分けてはもらえないでしょうか」 「……」 だが、異星人は何も答えようとはしない。おれはもう一度言った。「お願いします。酸素を……」 すると、翻訳機を通して異星人の声が聞こえてきた。「私はおなかが減っていマス。食糧を下サイ」 「食べ物をあげれば酸素を分けてもらえるのですね!」 異星人は黙ったままゆっくりと首を縦に振った。 お安いご用である。おれは固形食糧の入ったケースをポケットから出すと、中から錠剤を2粒取り出した。「さあ、これをぞうぞ。栄養満点ですよ。1粒でおなかが一杯になります」 異星人は錠剤を口にしたかと思うと、すぐに「ペッ」と吐き出した。どうやら、彼の口には合わなかったらしい。 おれは聞いた。「あなたがたは一体どういったものを食べるのですか?」 翻訳機は異星人の返答を地球の言葉にして言った。「鉄、炭素、石灰、硫黄、マグネシウム、りん……、そして脂肪を水に混ぜたものデス」 それを聞いたおれは愕然とした。それはすべて、『人間』を構成している物質ではないか。 「つつつ、つまり……、あなたが食べたいのは……、私なんですね」 「そうデス」異星人は舌なめずりをしながら言った。 おれはとっさに腰の光線銃に手をかけたが、少し考えてからそのまま手を床に下ろした。「……いいでしょう。どうぞ、遠慮なく私を食べて下さい」 「いいのでスカ?」 「ええ。どうせこのまま漂流していれば、いずれは死ぬ身です。それに私の任務は知的生命体と出会うことだった。任務を全うして死ぬのだから思い残すことはありません」 「……」 「そのかわり、ぜひあなたのお仲間に地球人のことを伝えて下さいよ。地球の場所は、ここから『CZ-60/KY-241』の位置です。地球にある機械を使えば、あなた方の食糧をたくさん合成することもできます。だから、地球人とは友好的につき合って下さいね。約束ですよ……」 異星人は黙ってうなずくと、静かにおれの前に歩み寄ってきた。 これでおれは死ぬのだ。だが、決してこの死は無駄ではない。地球人と異星人による歴史的な接触の第一歩なのだ……。 * * しばらく経った後。異星人のロケットから2羽のペンギンが現れた。 「ポチ! どこに行ったの?」 「ああ、こんなところにいたよ。勝手に出歩いちゃダメじゃないか。さあ、こんな汚いロケットからはさっさと出よう。誰もいなかったようだし……」 「あなた、ポチがしきりに吠えてるわよ」 「ホントだ。なんだい、ポチ。……ああ、こんなときに僕はいつも思うんだ。ポチの喋ってる言葉が理解できたら、どんなに楽しいだろうなぁって!」