人の命は1億円
「あの女……殺してやる!」 ジュンイチは殺意の固まりになっていた。 心から愛していた女に裏切られたのだ。ジュンイチにできることといえば、もう女を殺すことしかなかった。 女は殺したいが、そのために自分が罪人になってしまうのは我慢できない。 「だが、おれは絶対にやり遂げてみせるぞ!」 ジュンイチは家に閉じこもると猛勉強を始めた。 それから25年後。 ジュンイチは40代の若さで総理大臣の椅子に座っていた。 血のにじむような努力のおかげで、この地位までのぼりつめることができたのだ。 お飾りの総理大臣ではない。ジュンイチは、どんな意見でも通るほどの実権と独裁力を手にしていた。 「さぁ、これでやっと本来の目的を実行できるぞ」 ジュンイチは早速、独断で『殺人税』の導入を決めた。 人を殺しても1億円納めれば無罪放免になる……というものである。 一般人にはなかなか1億円など用意できるものではないし、治安が大きく乱れる心配はない。だが、政治資金をやりくりしたジュンイチの手元には、すでに1億円の札束が用意されていた。 これで、何の心配もなく女を殺せるのだ。 「わはははははははははははははははははははははははははははははははは」 ジュンイチは晴れやかな高笑いをすると、何気なく机上のお茶を口にした。 「……うぐっ!?」 勢いよくお茶を噴き出したジュンイチは、がくりと床に倒れ込んだ。 「な、何を入れた……?」 側にいた秘書官が冷静な口調で答えた。「毒ですわ。あなたはもう助かりません」 「くっ……、こんなことをして……お前、ただで済むと思っているのか……?」 「もちろん、ただで済むとは思っていません」 平然とそう言うと、秘書官はジュンイチの目前に右手を差し出した。 「実はこのお茶に毒を入れたのは私ひとりではないのです。あなたの独裁政治に苦しんでいる人たちはたくさんいるのですよ」 秘書官が右手を開くと、中には薄汚れた1円玉がかすかに光っていた。 「ワリカンですわ。これでもお釣りが来ます」