偽善の日
突然、空にUFOがやってきて言った。 「地球の皆さんこんにちは。私は宇宙人です。突然で申し訳ありませんが、地球を征服させていただきます。で、地球人は多すぎるので減らします。今から12時間観察して、悪人と認められた者を皆消します。ドゾ、ヨロシク。あ、あと偽善者も皆消します」 当然のことながら、地上は大騒ぎになった。 泥棒は窓から忍び込もうとしていた時に、このUFOからの放送を聞いた。 「何だって、えらいこっちゃ。消されたくない。泥棒なんてやってたら悪人の烙印を押されっちまう。ええい。やめだ、やめ。泥棒をしなければ悪人にはならないだろう。悪人にならなければ善人ということになる。……しかし、待てよ。おれ、今この家に泥棒に入ろうとしていた。しかし、UFOからの放送を聞いてやめた。これって、偽善者ってぇことになるのかな。……おれ、泥棒を生き甲斐として今までやってきた。その心を裏切ってわざわざ善人を演じようとしている。うわっ、これ完全に偽善だぁ。どうしよう。どうしよう。死にたくない……。じゃ、今まで通り泥棒をしていたほうが正直に真っ当に生きていることになるのかなあ。でも、泥棒だよ。人のものを黙って取るんだよ。ダメだよ。いけないことだよ。悪人だよ。だけどおれ、UFOの放送を聞かなければ泥棒に入ってたんだよ。確固たる信念を持って。ということは、泥棒に入ることが悪いことじゃないと証明されれば、いいわけか。ううん。難しいよ。すぐにはとても無理っぽいね。あ! 今気づいたけど、今もおれって観察されてるのかな。もしそうだとすると、今のおれって『泥棒に入ろうとしたけどUFOの放送を聞いてやめた偽善者』なんじゃないの? やばいよ。おい。ちょっと。とりあえず、この窓くぐっちまおうか。それから12時間かけて泥棒が悪でないことを証明する方法を考える。そしてそれを考えつけばおれの勝ちだ! ……だけど、思いつかなかったらどうしよう。おれただの悪人。悪人と偽善者って、どっちかといえばどっちがいいんだろう。ああどうしよう。どうしよう。死にたくない。死にたくない。死にたくない……」 不倫中のカップルも、ベッドの中で放送を聞いた。 「ちょっと、今の聞いた?」 「……」 「どうすんのよ。あたしたち不倫してんのよ。どう考えてもいいことじゃないわね」 「……」 「だから早く奥さんと別れてってあれほど言ってたのに……。ねえ、ちょっと。聞いてるの?」 「……きみ……誰?」 「あっ、この卑怯者! 他人のフリなんかして不倫をうやむやにしようっての? 結局あんたはそういう人なのね!」 「じょ、冗談だよ冗談! しかし、えらいことになったな。二人で何とか助かる方法を考えよう」 「ハン! 今さら冗談だなんて言ってもバレバレなのよ。あわてちゃってバッカみたい。よく考えたら死ぬのはあんただけよ」 「どどどういうことだ?」 「だってそうでしょう。あんたには奥さんも子供もいるけど、あたしは独身なのよ。あんたは奥さんや子供を裏切ってるけど、あたしは誰も裏切ってない。あんたは毎日それを隠していいパパを演じている偽善者だけど、あたしには何も隠し事はない」 「そ、そんな、不公平だ!」 「なぁーによ。あんたがさっさと奥さんと別れないのが悪いんでしょう。あたしは知らないわよ」 「どどどどどどうしよう。おれだけ死ぬのはイヤだ。おれは、お前と別れるぞ」 「あーっ、本当にひどい男ね。今さら遅いんじゃないの。そんなことをしたら、ますます悪人になるわよ。よよよよよ。あたし、被害者。哀れな女……」 「おい、泣くなよ。クソッ、どうしたらいいんだ。コイツの言うとおり女房と離婚すればいいのか? しかし、UFOが来なければおれはそんなこと考えもしなかった……」 「何ですって! やっぱり、いつも『今度こそ必ず別れる』って言っていたのは嘘だったのね。むキィーッ!」 「いや、本当に愛しているのは君だけだ……。あ、また嘘ついちまった。もうこんな女に用はない。正直に女房と子供に打ち明けて謝るっていうのはどうだろう。いや、ダメだ! それでは悪いと認めたことになる。何かいい方法は……」 「ひどい! 殺してやる」 「うわっ、まてっ。そんなことをしたらお前も宇宙人に殺されるぞ!」 「何言ってんのよ。宇宙人はあんたみたいな悪人を抹殺しようとしているのよ。あたしはその手助けをすることになるのよ」 「そんな、うわーっ」 崖から落ちそうになっている男と、それを助けている男も放送を聞いた。 「しっかり掴まってろ」 「た、助けてくれーッ」 「ハッ、しかし……、おれは本当はこの男を日頃からあまりよく思っていなかったんだ。今思わず助けようとしているが、これで助けてしまってはもしかしておれは偽善者ということに……」 「お~い、何をブツブツ言ってるんだぁ! 早く引き上げてくれ」 「……だからといってここで見殺しにすべきなのだろうか? でも、殺すというのは……」 「何だ、コイツ……もしかしておれを助けないつもりなのか? クソッ、どうせ死ぬなら道連れにしてやる」 「うわっ、こいつおれを引き込みやがった。や、やめろォ! 離せ」 「うるせえ! お前なんかどうせ助かっても宇宙人に殺されちまうのがオチだぜ」 「本性をあらわしやがったな。そういうお前だからこそ、おれは助けたくなかったんだ」 「馬鹿! 蹴るんじゃねえ、……や、め……、あッ……、うわあああぁぁぁぁぁ~~~…………」 「ハアハア、助かった………………のか?」 * * 某国の支配者の部屋。 「どうだ? やはり事態は回避できそうにないのか」 「はい。残念ながら……、全世界が消滅するまであと5時間となりました」 「ああ……、それも全部、私が核の発射ボタンをついうっかり押してしまったせいなのだ……。あの計画はうまくいっているのか」 「はい。順調です。ダミーのUFOからあの放送を流したことで、皆、死んだ原因は自分にあったと考えることでしょう」 「我々はすでに科学的にあの世の存在を確認している。これで私があの世で皆に恨まれる心配はなくなったというわけか。しかし考えてみると……、この私が最大の偽善者というわけだな…………」