第一印象
「課長のコンチクショーめ! だいたい最初に会った時からイヤなやつだと思ってたんだ」 おれは飲み屋のママ相手に延々と愚痴を言い続けていた。 「作り笑顔で部長のご機嫌ばっかりうかがっちゃってさ。すぐに『こいつは出世のことしか頭にない』って分かったよ。案の定さ。部下のことなんか何にも考えちゃいない。ねぇ、おれの気持ち分かってくれますよね?」 ママが席を外してしまったので、おれはカウンターのとなりに座っていた男に相づちを求めた。サラリーマン風のその男は、嫌な顔ひとつするでもなく、にこやかに返答した。 「それはそれは。よく分かりますよ。私にも似た経験があります」 「ほう、どんな?」 「今の仕事の先輩にはじめて会った時のことです。先輩は初対面の私に向かって、いきなり万引きの話を始めたのです。その時は何も言えませんでしたが私は内心鼻で笑ってましたよ。『そんなことを自慢気に話してどうする。なんて小さい男だ。こんなヤツは信用できない』ってね」 「そりゃそうだ。まったく、人間って第一印象で分かるねぇ」 「私もそれ以来、その先輩を見下していたのです。……ですがね、先輩の仕事ぶりを見ているうちに、それが誤解だと言うことに気づいたのですよ」 「えっ、……というと?」 「先輩の仕事の正確さ、的確な判断力、スピード……、なによりその熱心さに私は圧倒されたのです。先輩はキャリアを積んでも基礎をおろそかにしない真面目な人でした。私は思いました。第一印象なんてあてにならない。先輩は大いに尊敬できる人物だったと」 「なるほど……。でも、仕事ができるからといって、人間性の問題まで許してしまうというのは違うんじゃないかねぇ?」 「確かにそうかもしれません。ただし、私たちの場合は別なのですよ」 「別? どういうことです?」 「とにかくまぁ、先輩は第一印象よりも、もっとスケールの大きい人物だったということです。勉強熱心で最近は美術館や博物館にもよく足を運んでいるようですし、それはもう私などとは比較にならないほど……あ、そろそろ失礼しますね」 そう言うと、男は言葉を濁したまま店を出ていってしまった。 後に残されたおれは、しばらくの間、腑に落ちない気分でひとりグラスを傾けていたが、勘定を払う段になってやっと男の言葉の意味を理解した。 「サ、サイフすられた……」