愛のふたり相撲
将棋を覚えたての少年が、2人の名人に向かって言った。 「2人同時にかかっておいで。少なくともどっちかには勝ってみせるよ」 かくして将棋盤を2つ並べての対局が始まり、なんと、少年は見事片方の名人を負かしてみせたという。 少年の勝利の秘密とは何か。それはこの話を読めば分かるだろう。 カオルはある頃から、自分が他人とは違っていることに気づいていた。 同級生が異性の話で盛り上がっていても、どうも素直に輪の中に入れなかったのだ。異性への興味がなかったわけではない。異性と同じくらい、同性への興味も持っていたのだ。 カオルは男女両方を愛せる人間、いわゆる「両刀使い」だったのである。 いつしかカオルは男装と女装を使い分けるようになっていたが、なかなかその恋は実らなかった。カオルの心は、男性と女性の2人と同時に付き合うことでしか満たされなかったのだ。そして、男と女の両方を惹き付ける魅力をあわせ持つのは容易なことではなかった。 そんなカオルの前に、ひとりの美男とひとりの美女が現れた。 男は世の中のすべての女性を惹き付ける男らしさを持ち、女は世の中のすべての男性を振り向かせる女らしさに満ち溢れていた。 カオルはたちまち2人に夢中になってしまった。なんとかして2人と付き合いたい。だが、両方はおろか、片方のハートですら射止めるのは難しいように思えた。 「なんとかしてうまくいく方法は……」 カオルは思案の末、ある名案を思いついた。そして、美男と美女の両方をものにすることに成功したのである。 タネを明かせば簡単なことだ。カオルは男装している時は美男の行動をまね、女装をしている時は美女の行動をまねることにしたのである。 女のいたわりをそのまま男に注ぎ、男が囁いた愛の言葉をそのまま女に囁いてやる。2人はたちまちカオルの虜となった。 大抵のトラブルは回避することができた。女に不満を言われた時は、男に同じ不満をぶつけてみれば男の対処方法が分かる。後は、同じ対処を女にしてやれば万事解決だ。 もうお分かりだろう。冒頭の少年は、先手の名人の手を真似て、もう一人の名人と対局しただけなのだ。後手の名人の手をそのまま先手の名人に返す。こうすれば必ずどちらかには勝てることになる。 だが、恋愛には勝ち負けはない。すべては順風満帆。3人は幸せだった。 「お願い。あたしと死んで!」 両親にカオルとの交際を反対された女が、唐突にそんなことを言い出した時も、カオルは落ち着いたものだった。「その話の続きはまた今度にしよう」 女のマンションを出たカオルは、ハイヒールに履き替えると男の部屋へ向かった。 部屋に入るなり、女と同じ台詞を叫ぶ。 男はうまく女をなだめることだろう。後はそれと同じことを女にしてやればいいのだ。 だが、男は予想外の言葉を呟いた。「君がいないと僕は生きていけない。よし、一緒に死のう!」 「ええっ……」 カオルは言葉を失った。もともと、自分の言葉で喋ったことなどここ数か月はなかったのだから当然だ。 何も言えないまま、カオルは男と心中することになってしまった。 男に堅く手を握られたまま、カオルは冷たい川の中に飛び込んだ。 「たす……けて……!」カオルの心からの叫びは川の流れにかき消された。 数時間後。川岸には、ひとり流れ着いた男の姿があった。そこに偶然、女が通りかかる。 視線があった瞬間から、たちまち2人は惹かれあった。 「僕たちって……」「わたしたちって……」2人は声をそろえて言った。 「まるで、ずっと前から出会っていたみたい」 「これが運命っていうものなのかな?」