伝説が死んだ夜
「編集長、またやってしまいました!」 その声を聞いたとき、おれの心臓は止まりそうになった。 「ま、またか……!!」 おれは『子供の料理』という児童向け雑誌の編集長をしているのだが、先月号で大きなミスをやらかしてしまったのだ。 掲載したレシピにちょっとした誤りがあり、そのまま調理すると鍋が爆発するおそれがあると分かったのはすでに雑誌の発売後。すぐにテレビや新聞を通じて注意を呼びかけたのだが、時すでに遅し。結局、その料理を作ろうとした読者数十人が怪我をするという被害が出てしまった。 皆、軽傷だったのが唯一の救いだった。その時おれは、出版物が世間に与える影響力に改めて驚かされると同時に、より一層の注意を払って編集作業を進めることを誓ったのだった。 だが、またもや同じ事態。おれは溜息と共に、編集記者の山本を見た。 「……で、何をミスしたんだ?」 「12ページの『アリガトお茶』の部分です。このブレンドでは有害な物質が生成されてしまうことが分かりました」 「なに!? どのくらい有害なんだ?」おれの頭から血の気が引いていく。 「多量に摂取すると死に至ります」 「致死量は? どのくらい飲んだら危険なんだ?」恐る恐る尋ねると、山本は即座に答えた。 「およそ300杯です」 「……バ、……バカやろう!!」おれの頭に一瞬で血が舞い戻った。 山本はニヤニヤしながら言った。「編集長があんまり先月のことを気にしているんで、ちょっと脅かしただけですよ。でも、毒物が生成されてしまうのは本当です。もっとも体内に蓄積されることはないので、1日で相当な量を飲まない限りまったく問題ないですけどね」 「1日に300杯も飲むやつがいるもんか! ……しかし、安心したよ」 おれがホッと胸をなで下ろすと、部屋は皆のなごやかな笑い声に包まれた。 確かにおれは気落ちしすぎていたかも知れないな。こんなことでは、本を楽しみにしてくれている何万人もの子供たちに夢を与える誌面づくりなどできはしない。 おれは怒った顔をしながらも、山本の心遣いに感謝した。 * * 「ママ! 今日は『子供の料理』の発売日だったんだ」 ある家庭にて。母親が夕食の後片づけをしていると、少年が雑誌を手に駆け込んできた。 「あら、何かいいもの載ってた?」 「うん。この『アリガトお茶』ってのをいれてみようと思って。『いつも感謝している人にいれてあげましょう』だって」 「誰にいれてあげるつもりなの?」 「もちろん、ママにもいれてあげるよ。だけど、今夜は毎年来てくれるあの人にいれておいてあげるんだ! 今日この本を買ったみんながそう思ってるんじゃないかな?」 部屋のテレビからは、聖なる夜の歌が厳かに流れていた。