『 ドラマのようなプロポーズをする男 』(横書)(文字大:L4L3L2LMSS2S3)(目次)(SS トップ

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ドラマのようなプロポーズをする男

「お父さん、お願いです。僕の話を聞いて下さい!」  土砂降りの雨音が響く中、彼女の実家の玄関先で僕は叫び続けていた。だが、家中からはなんの返答もない。筋となって頬を流れる冷たい雨を拭いながら、僕はただ叫び続けるしかなかった。  ある夏の日の午後。その話は突然、僕のもとに飛び込んできた。 「あなたの小説をテレビドラマにしませんか?」  僕は飛び上がって喜んだ。まだ駆け出しの作家だった僕は名前も売れておらず、小さな仕事で日銭を稼ぐのがやっとだったからだ。  金の問題だけではない。作品がテレビドラマになれば、晴れてプロポーズができる。僕にはとびきり美人の彼女がいるのだが、先行きの保証がない僕は、彼女のお父さんから交際を反対されていたのだ。  本屋の片隅の数冊に名前が載っているだけの男が信用されないのも無理はない。だが、テレビ放送ともなればお父さんも多少は僕のことを認めてくれるだろう。しかも、ドラマ化される作品は青年が一途な愛をヒロインに注ぐというラブストーリー。僕の彼女への愛情が投影された渾身の作だ。これ以上うってつけの状況はなかった。  ドラマ化の打ち合わせを終えた後、僕は彼女の手を握って言った。 「気の利いたプロポーズの言葉は言わないよ。僕の気持ちはドラマを見れば分かるから」  彼女は目を潤ませながらうなずいた。「うん。家でお父さんと一緒に見るね!」  そして数か月が過ぎ、ドラマの放送日がやって来た。  テレビのスイッチを入れると、美しい音楽と共に、画面には美男美女のカップルが登場した。  今頃、彼女とお父さんはこれを見て喜んでくれているだろうか。胸を高鳴らせながら、画面の動きを目で追っていた僕は、次の瞬間思わず叫び声をあげた。 「なんじゃこりゃ~~~!!!?」  愛を語っていた主人公が、突然大きなカマを手にしたかと思うとヒロインに向かって振り回したのだ。恐怖で顔を引きつらせながら必死に逃げるヒロインを、主人公は執拗に追い回す。「追いかけっこ」が延々と続いた後、自宅に逃げ込んだヒロインの顔を主人公はメッタ刺しにした。  それだけではない。その矛先は飛び出して来たヒロインのお父さんにも及んだ。 「ぐえええええ!」悲鳴を上げながら、お父さんが絶命したところで、番組は終わった。  ガク然とした僕は、しばらくの間その場所から動けなかった。結局、2時間の放送時間のうち、僕の原作通りだったのは最初の5分だけ。後は、見知らぬ話にすべての時間が費やされていたのだ。  我に返った僕は、番組の中盤にはすでに外れていたアゴを直すと、すぐに番組のプロデューサーに電話をかけた。受話器の声は言った。 「ちょっと変えて、流行のサイコスリラーにしてみました。いいでしょ?」  どこがいいものか。陳腐なC級ホラー、素人が描いて悦に入っているギャグマンガだ。  ひとしきり作家として憤慨した後、僕は恐る恐る彼女の家に電話をした。  電話口に出た彼女は号泣していた。僕の弁明を彼女は泣きながら聞いていたが、脇から男の「もううちの娘に関わらんでくれ!」という怒号が聞こえたかと思うと、後には無情な発信音だけが残された。  僕は何度も彼女の家に足を運んだ。だが、彼女のお父さんどころか、彼女すら姿をみせることはなかった。  それでも僕は諦めなかった。すべては誤解なのだ。真実を話せば分かってもらえる。 「お父さん、僕の話を聞いて下さい!」土砂降りの雨の中、僕は叫び続けた。寒さで体が限界に達しようとしたとき、ついに扉は開かれた。  僕を招き入れたのは、彼女のお父さんだった。はじめて会うお父さんは鬼のようにいかめしい形相だった。彼女がお父さん似でなくてよかった……僕はそんなことをチラと考えた。  応接間に通された僕は、お父さんにすべてが誤解であることを一気にまくし立てた。お父さんはむっつりと口を結んだまま、僕の主張を聞いていた。僕が全てを話し終えたとき、その口は静かに開かれた。 「つまり、君の作品は大幅に改変されてしまった。我が子のような作品を他人の手によって変えられてしまうのは耐えられない……そういうことだね?」 「はい! 分かっていただけましたか!」僕は歓喜して顔をあげた。 「……だが、それは私も同じ気持ちだ。娘は君に出会ったことで大きく変わってしまった。そんな親の気持ちを君は分かっているのか!」  僕は返す言葉がなかった。大事な娘が、僕のような男に恋いこがれているのが許せないのだろう。やはり結婚を許してはもらえないのか……。しかし、お父さんは溜息とともに表情をゆるめた。 「まぁ、本人達が結婚したいと言うものを反対してもしょうがない。……娘をよろしく頼みます」 「本当ですか! それは結婚をお許しいただけるということでしょうか?」  お父さんは静かにうなずいた。「しかし、ただ許すのでは私の気が済まない。……そこで私は、娘を生まれたままの姿に戻すことにした。おい!」  呼ばれて奥から出てきたのは、僕が知っているのは5%だけ、あとはまったく見知らぬ……いや、目の前のお父さんとそっくりな女だった。 「再手術することでやっとお父さんも許してくれたの。私たち幸せになりましょうね!」

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1分で読めるショートショート「ドラマのようなプロポーズをする男」 https://www.tbook.net/ss/d/dpo/

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あとがき

 こちらの作品がなんとなく関連しています。
 フィクションです……と断っておきます。「事実は小説よりも奇なり」と申しまして。トホホホ……。
 作中人物と作者を混同してはいけませんが、私が父親でも「あんな作品」を喜んで書く男を娘の嫁にはしたくありません。どんな作品を書こうと、面白ければ許せますし、「地に足が着いた作品」であればよいのですが。

(1999/11/16)

 選挙カー、バーコード(便利だが装丁デザインが台なしに)、ガングロ女子高生、某アニメ。よかれと思ってやっていることが裏目に出ることってよくありますよね。元凶は「自己満足」。この話では自己満足とエンターテイメントをブレンドしたつもりです。

(1999/11/24)

「お義父さん」と「お父さん」が混在してまぎらわしいので、「お父さん」に統一しました。

 怒りをペンにぶつけた姿勢はよかったと思います。ノンフィクション部分もかなり入っていますが、オチはまたったくのフィクションですよ。念のため。
 その後、作者自身は当時お父さんに挨拶に行った女性とは別れ、別の女性と結婚し(挨拶に行ったときはやはり緊張しました)、離婚して今に至ります。ペンにぶつけたいこと(怒りだけでなく感謝も)は山ほどあるので、ちゃんとぶつけて、今後も映像化もしてもらえるような作品を執筆したいと思います。

 映像化に関しては、映像作品のプロにすべて任せて、作家自身はその完成品に一喜一憂するのが基本姿勢だと思います(手塚治虫先生のように自身でアニメづくりに携わる猛者は例外)。汗かいて一生健命作ったものはなんでもすばらしいんです。このエピソードのように「最初5分以外は別物」というのは論外でしょうが。

 ここで描かれているエピソードとはまるで違うすばらしいドラマ化をその後していただいた作品を見るならこの後の関連リンクへ。

(2021/2/19)

 2021年10月のマグミクスの記事にて、当小説のモデルとなったアニメが紹介されたようです(この後の関連リンク参照)。

 思い返せば、アニメのお話自体はとても感謝しています。理不尽だと感じた最大の点はやはり「無断で改変されたこと」「放送直前まで連絡がなかったこと」「どのように改変されたかを放送を見るまで知らされなかったこと」だと思います。
「改変しないと放送できないよ。それでもいいのか?」と高飛車に選択を迫られたなら、妥協するなり中止するなりを選べる分、筋が通っているので納得のしようもあったのでは。

 アニメ作りには多大な労力がかかるもの。制作に関わった方々の苦労に報いるためにも、連絡や権利関係の庶務のずさんさによってメディア化が閉ざされ封印されてしまうといったことがないような作品作りが行われることを祈っています。

(2021/10/18)

 追記。前述のマグミクスの記事にて「こちらは視聴者投稿のオリジナルストーリーが原作」とありますが、投稿した覚えはありません。日本テレビから「あなたの小説をアニメにしませんか?」との打診があり、「お願いします」と返答したという流れは、この小説の通りです。そもそも打診があったのは新番組の放送前で、番組の存在自体知らなかったのでは。視聴したことのない番組に「視聴者投稿」はできません。

 同ネット記事に「東京ムービーが手がけた独特の劇画タッチが」とあるのも、おそらく「シンエイ動画」の誤りでは。「『ドラえもん』を作っているシンエイ動画にアニメを作っていただけるなんて!」と大いに感動した記憶があるので。

 この番組自体がもともと「ダウンタウンDX」で富山出身の柴田理恵が『ドラえもん』の泣けるエピソードを号泣しながらトークしたのが好評で、そこから発展して新番組になったという経緯だったのではと記憶していますが、個人的な思い込みかもしれません。

(2021/10/18追記)

 前述のマグミクスの記事の記述が「ウェブショートショート小説が原作」「シンエイ動画」に修正されました。ありがとうございます。

(2021/10/20追記)

『セクシー田中さん』の漫画家・芦原妃名子先生の訃報を知り、言葉を失いました。

 日本テレビは未だにこんなことを繰り返しているのかと呆れました。

 特定の個人を責める気持ちはありません。責任者不在で強引に物事を進める社会の風土が諸悪の根源だと思います。

 改変をすることが悪ではないのです。原作者の許諾をとらずに改変することが悪なのです。しかも原作者の意向をわざと無視して「もう時間がないからこれで」「もう放送しちゃいましたから」と押し通す幼稚で汚いやり口がまかり通っている風土が絶望的なのです。

 当時を振り返り「こんなことで文句を言うのは僕だけなのでは」という孤独感から、プロデューサーに電話口で抗議をしただけで、泣き寝入りした形となった自分のことも恥じるばかり。非力ながらも、今後は何らかの形で問題改善の活動をします。

(2024/1/31追記)

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