ある結婚式
「うふ、うふ……、うふふふふふ…………」 長年恋してきた彼の結婚式に友人として出席しながら、バレリーは静かな笑いを抑えることができなかった。 頭が変になったわけではない。彼と結婚することができなかったのは悲しい。だが、バレリーにはまだ希望が残っていたのだ。 バレリーが彼──二枚目で頭が良くてスポーツマンの彼を好きになって、真っ先に思ったのは「この人と私の子供が欲しい」ということだった。 しかし、思いは届くことがなかった。バレリーの再三の告白にも、彼はただ申し訳なさそうに「ごめん……」と繰り返すだけだった。ついには別の人と結婚である。 それでもバレリーはまだ諦めていなかった。バレリーは少し大きくなりかけたお腹を愛おしそうにさすりながら言った。 「子供がダメなら孫の手……いいえ、孫という手があるわ!」 彼が結婚することを伝え聞いたバレリーは、早速手近な男と先に結婚し、子供を授かったのだ。 新婚の彼にもほどなく子供が生まれるだろう。 「この子を彼の子供と結婚させれば、孫は私と彼の間にできた孫ということになる……うふふ!」 その日のことを考えただけでバレリーは幸せだったのだ。 「新郎は、……すこやかなる時も病める時もふたりで共にあらんことを誓いますか?」 「誓います」 式は佳境にさしかかっている。バレリーはひとりで笑いをこらえていたので、新婦の表情に憂いが潜んでいることにまるで気づいていなかった。 「新婦は、……誓いますか」 「……」 厳粛な会場にどよめきが広がった。新婦がなかなか誓いの言葉を言おうとしないのだ。 「おい? どうしたんだよ」新郎があわてて耳元で囁くが、新婦は思い詰めた表情のまま、口を結んでいる。 その時である。 式場正面のドアがバアンと音を立てて開いたかと思うと、ひとりの男が息を切らせながら駆け込んできた。 「その結婚、待ったァ!」 自らに向けられる無数の視線にひるむ様子もなく、男は続けて心のたけを叫んだ。 「おれはやっぱり君のことが忘れられない! こんな結婚はやめて、おれと一緒になろう!!」 思いがけない映画のワンシーンのような場面に、バレリーの胸は高鳴った。 私がやりたくてもできなかったことを、この男が今まさに実行している! がんばれ! こんな式ぶち壊して! 心配はいらないわ! 私はすぐ離婚すればいい。やっぱり彼と結婚したいもの! さぁ、だから乱入男さん、心おきなくがんばって!! バレリーは握りしめた両手に額をつけて、乱入男の成功を懸命に祈った。 「おお!」というざわめきにバレリーが顔を上げると、手を取り合って走るふたりの姿がドアの陰に消えて行くのが見えた。 乱入男は見事に獲物を獲得したのだ。 やった! やったのね! 彼は? 早く優しく慰めてあげなくちゃ! 正面に目を移したバレリーは、言葉を失った。 そこには新婦がただひとり、泣き崩れていたのだ。「よよよ。こうなるのを心配してたのよよよよよ……」 バレリーは新婦に駆け寄ると一緒に泣き叫んだ。 「あなたの悲しみなんてたいしたことないわ! あぁ、可哀想に! この子の婚約者は生まれて来ることすらないのよ。永久に……!!」