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うれしきピエロ

うれしきピエロイラスト

「あなたってだいたい忍耐力がないのよね」  デートの途中、彼女にそう言われておれは頭に来た。 「何言ってんだ。おれほど我慢強い男はいないぞ」 「そんなに言うなら証明して見せてよ」 「証明……?」  そのとき、おれの目に飛び込んで来たのがこんな貼り紙だ。

私を見ても笑わなかった方には
千ドル差し上げます。
挑戦料:一ドル
……

 いつものようににぎわっている休日の歩行者天国。貼り紙の横では、一人の陽気なピエロが笑顔を振りまいている。 「ようし、これに挑戦してやる!」  おれは一ドルをピエロに渡すと、口を真一文字に結んで身構えた。  ピエロは腰をひとひねりすると、全身をくねらせながら激しくステップを踏み始めた。 「あははははははははははははははははははははははははははははははは」  その滑稽な動きに、側で見ていた彼女がたちまち笑い始める。おれは顔を赤くしつつも必死に耐えたのだが、それも虚しい抵抗だった。 「ぶわはははははははははははははははははははははははははははははは」 「あははははははははははははははははははははははははははははははは」  おれたちは二人で笑い転げた。少しも悔しくはなかった。バカバカしいというか、なんというか……。それほどピエロの動きは面白かったのだ。これを見て笑わない奴なんているわけがない。 「ハァハァ。いやぁ、面白かったなぁ……」  おれたちは息を弾ませながら再び街を歩き始めた。 「でも、やっぱりあなたって何をやらせてもダメなのよね」 「何言ってんだ。今のはピエロが凄すぎたんだ。おれは大抵のことは……」 「そんなに言うなら証明して見せてよ」 「証明……?」  そのとき、おれの目に飛び込んで来たのがこんな貼り紙だ。

私を笑わせることができたら
千ドル差し上げます。
挑戦料:一ドル
……

 貼り紙の横には、一人の陰気なピエロが無表情でたたずんでいる。 「ようし、これに挑戦してやる!」  おれは一ドルをピエロに渡すと、考えつく限りのおどけたポーズをとった。 「あははは。おっかしぃ~」  彼女はおれの格好を見て笑い出したが、ピエロはまるで笑ってはくれない。 「制限時間です」ピエロは無表情なままそう言って立ち上がった。無表情な中にも見下した視線が感じられたのは気のせいか。  彼女は言った。「やっぱりダメな人ね」  爆発しそうになったおれの頭の中に、その瞬間ある考えが閃いた。 「ちょっと待っててくれ」おれは彼女にそう言うと、今来た道を引き返し、最初のピエロを連れて戻ってきた。二人を同時におれの代理として対決させようというわけだ。 「勝つ自信はありますが、勝った賞金をピンハネされては困ります」二人のピエロの言葉をおれは制した。 「安心しろ。負けたほうには貼り紙通りに賞金千ドルを払ってもらう。見事挑戦を退けた勝者にはおれから千ドル払おう」  どちらが勝ってもおれは千ドルを手にし、千ドル支払わなければいけない。つまり実質、金は二人の間で動くだけ。おれは仲介を務めるだけで損得はないというわけだ。二人に払う二ドルは対決の観戦料だと思えばいい。計二ドルでピエロのどちらかがひれ伏した姿を拝めるのだ。安いもんじゃないか。  おれは彼女に言った。「優れた男は人を使って楽しむものだよ」  かくして二人のピエロは対峙した。陽気なピエロはさらに熱の入った芸を披露した。 「どわはははははははははははははははははははははははははははははは」 「あははははははははははははははははははははははははははははははは」  おれと彼女は腹を抱えて笑い転げた。だが、陰気なピエロは無表情なままである。  陽気なピエロは渾身の芸を次々と繰り出したが、彼はクスリともしない。  こりゃあ勝負あったかな。涙を流して笑い転げながらおれがそう思ったとき、陰気なピエロはおもむろに立ち上がり、なにやら叫ぶとその場で転がり始めた。 「ぎゃはははははははははははははははははははははははははははははは」  陰気なピエロの笑い声は、周囲の建物が震えるほど高らかに響き渡った。陽気なピエロの大勝利だ。早速おれは敗者の陰気なピエロに駆け寄った。 「残念だったな。さあ、千ドル払ってもらおうか」 「いいえ、私は勝ちました」  陰気なピエロはそう言うと、自分の貼り紙を指さした。そこには『……制限時間:十分』と書かれていた。時計を見ると、対決開始からすでに十分少々経過している。陰気なピエロは制限時間の到来を宣言した後で、心おきなく笑い転げたのだ。  おれは身をひるがえし、真の敗者である陽気なピエロに駆け寄った。 「残念だったな。さあ、千ドル払ってもらおうか」 「いいえ、私は勝ちました」  陽気なピエロはそう言うと、自分のビラを差し出した。そこには『……制限時間:十五分』と書かれていた。 「あなたってだいたい考えなしなのよね」  彼女に返す言葉もなく、おれは来月の生活費をただただ計算していた。

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あとがき

 人に見下されている人ほど、実は計算高く物事を考えていたりします……というようなことを書こうと思ったのですが、ちょっと違った方向に行きました。途中で作者自ら計算違いに気づくことも3回ほどありました……。

(1999/9/20)

 いつまでも手元においておきたい絵画のような存在。どんな気分のときに読んでもなぜかスカッとする。

 物語自体は「THE 理詰め」で作っているが、「(主人公と彼女は)なんだかんだ言っても一緒にいて楽しいんだろうなぁ」ということが伝わってきてほのぼのとする。実は「ときには罵詈雑言を浴びせてくるが、いつも傍で本気で泣き笑いしてくれる女性」を僕が欲しているのかもしれない。喜怒哀楽をぶつけ合える存在がいるというのは最上の幸せだ。

 主人公の「後先考えずに突っ走るポジティブさ」をみならって生きたい。

(2020/6)

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