照れパシィ
ババン! 我が家の地下にある大広間で開いたホームパーティの最中。頭の上で轟音が鳴り響いたかと思うと、たちまち部屋中が漆黒に染まった。 停電だ。落雷だろうか? 「みんな、大丈夫か!?」 家族や来客にそう呼びかけてみたものの、返事はない。聞こえるのは「ムオォー」という低周波音だけである。 おれは瞬時に状況を理解した。この家の電源部分はこの部屋の真上にある。その電源がショートしたことによりコンデンサーから強力な低周波が発生し、部屋中のすべての音がかき消されてしまっているのだ。 「やれやれ。これでは皆も不安だろう。早く直さなくちゃな。 おれは手探りで出入口の前まで行くと、ドアの開閉ボタンを押した。だが、ドアはびくともしない。どうやら補助電源もすべて停止してしまったらしい。 ということは……換気装置も停止しているということだ! 大変だ。早くこのドアを開けなければ、この部屋にいる十数人全員が窒息死してしまう。 ドアの両脇にある配電盤を開けて、少しいじればドアは簡単に開くだろう。だがそのためには、両方の配電盤を同時にいじらなければならない。つまり、どうしても2人同時に修理を行う必要があるのだ。修理方法を知っているのはおれだけ。会話もジェスチャーもできないこの状況で、もう1人に修理法を教える手段は……。 おれはポケットからチップ状の機械を2つ取り出すと、片方を自分の額に貼りつけた。 勤務している会社で試作品が完成したばかりの『精神感応トランシーバー』だ。これを付けた者同士は心と心で会話ができるのである。 さて、もうひとつを誰に付けるべきだろう? やはり妻だろうか? いや、ダメだ。この装置は互いの心を奥底までいっぺんにさらけ出してしまうのだ。自慢じゃないが、おれは割とモテるほうで人並み程度に浮気もしている。その遍歴が一瞬でバレてしまっては大問題だ。 では娘はどうだろう? いや、まずい。娘は多感な中学生だ。おれが実は○○○フェチで×××プレイが好きなエロオヤジであることが知れたら、今まで保ってきた父親としての威厳はどうなる? こっそり娘の下着を持ち出して高値で売ったこともバレてしまう。 男同士だし、息子はどうだ? ダメだ。酔っぱらってTVゲームに小便をひっかけたのがバレる。翌日、わんわん泣く息子に向かってつい『お前が大事にしないから壊れたんだ!』と怒鳴りながらビンタしてしまったし……。 隣家のホンダ氏なら赤の他人だし、いいんじゃないか? ダメだ。いつも若奥さんを見かけるたびに、心の中で丸裸にしているのがバレる。ホンダ夫人はなおさらダメだ。 トビタ氏は……ダメだ。ちょうどこの前、彼の愛犬をひき殺してしまったばかりだ。ヤマノ氏はあの顔だ。いつも吹き出さないように必死で我慢しているのがバレる。イケダ氏はウスノロのバカだから修理なんてできそうにないし、ノムラ氏は……。 おれは次々と列席者の名前を挙げていったが、適任者はみつからなかった。 あああ……! このままでは皆助からない!! 他にこの部屋にいる者というと……。……そうだ、ビットだ! ビットは使用人ロボットだが、この装置は電子頭脳の波長にも同調するのだ。ロボットになら照れることなくすべてをさらけ出せる。何なら後で彼のメモリーを消去しておけばいい。 決まった。早速おれは大広間の角へと壁づたいに移動した。そこがビットの待機場所なのだ。手を伸ばすと金属質のボディが指先に触れる。ビットだ。おれはすかさずビットにチップを貼りつけた。早速ビットの思考回路から、おれの脳へと情報が流れ込んでくる。え? なんだって? 『ゴ主人サマ。アナタハ大変ナ間違イヲオカシテイマス』……!? どういうことだ!? ……ううッ!!」 その瞬間、電気ショックがおれの体を貫いた。おれは勢いよく床へと叩きつけられた。 * * 目を開くと、おれを取り囲んでいる皆の顔が見えた。妻は顔をハンカチに押しあてている。 「故障は……なおったのか!?」 側にいたビットが冷静な声で言った。「ハイ。サキホドノ電気しょっく療法デ、マモナク完全治癒スルミコミデス。アナタハ落雷ノしょっくデ一時的ナ失明オヨビ失聴ノ状態ニアッタノデス」 「な、なんだって! なおったのは停電じゃないのか!?」 「停電ナドシテイマセン。故障シタノハどあダケデス。ゴ主人サマ。アナタハズットヒトリゴトヲ言ッテイタノデスヨ」 ビットの言葉が終わる前に、その場にいた全員がおれに飛びかかってきた。 楽しいはずのパーティは、かくして惨劇の舞台となったのだ。