僕が20歳になった秋。ついに世界大戦が始まってしまった。 今はまだ海の向こうの話だが、僕のすぐ近くに戦渦が広がってくるのは時間の問題だろう。 耐えきれなくなって僕は叫んだ。 「戦争はごめんだ!」 すると、僕の目の前に白煙と共に魔人が現れた。「願い事がおありですかな?」 たしか、この魔人には前にも会ったことがある。僕の願い事は何でもきいてくれるのだ。僕は魔人に懇願した。 「お願いだ、この戦争をやめさせておくれよ」 「承知しました」 魔人は笑顔で一礼すると、そのまま消えてしまった。 だが、戦争は一向に終わる気配がない。 「ああ、そういえば……」 僕は思いだした。この魔人、願いは聞いてくれるのだが、その願いがすぐにかなうとは限らないのだ。 * * 僕が22歳になった冬。たくさんの白く光る物体が朝の空を埋め尽くした。 それはケンタウリ星人が操る大船団だった。地球を植民星にすべく攻め込んできたのだ。 世界大戦を牽引していた大国の大統領は、演説中に「ヒワッ」と叫んだきり黙り込んでしまった。それは世界大戦の終結を意味していた。そんなことをやっている場合ではないのだ。 すでに最前線で戦っていた僕のもとに現れると、魔人は得意げに言った。 「どうです? 戦争を終わらせましたよ」 確かに世界大戦は終わった。だが、宇宙人の高性能兵器は次々と世界各地の都市を襲っており、地球軍は応戦に大わらわだった。 今度は宇宙戦争である。僕はまた懇願した。 「お願いだ、この戦争をやめさせておくれよ」 * * 僕が25歳になった春。夜明け前の黒い空に見たこともない色の光が交錯した。 続いて現れた様々な形をした宇宙船たち。 それを見たケンタウリ星の司令官は「∨∈∫≒ΘГ!!」と叫んだきり、黙り込んでしまった。 アンドロメダ星雲からの大船団が、銀河系を支配下に置くべく攻め込んできたのだ。 ケンタウリ星人と手を組んだ地球人は、新たな戦争に突入した。 生き残った地球人が潜伏している地下シェルター内で、僕は魔人に懇願した。 「お願いだ、この戦争をやめさせておくれよ」 * * 僕が30歳になった夏。突然青空に黒い大穴が空いたかと思うと、大船団が降ってきた。 未来世界から全宇宙の生物が攻め込んできたのだ。空間が歪み、住めなくなった未来を捨てた彼らは、現代に新天地を求めたらしい。 全宇宙中で未曾有の大戦争が始まってしまった。 どうしようもなくなって、僕は魔人に叫んだ。 「こんな事態を引き起こした張本人は誰だ? そいつをここに連れてこい!」 「承知しました」 魔人が指を鳴らすと、僕の目の前には2人の若い夫婦が現れた。 2人は口々に「お前が悪いんだ」「何よ、アナタでしょう」などと罵りあっている。最初は気づかなかったが、少し離れたところには、その光景をガタガタと震えながら見つめている少年がいた。 「あ……!!!!」その時、僕は全てを思い出した。 それは6歳になったばかりの『僕』だった。夫婦ゲンカの絶えない両親にウンザリした僕は、ある日魔人に頼んだのだった。「お願いだ、このケンカをやめさせておくれよ」と。 しばらくして異国で紛争が起こり、父は海外に派遣されていった。そしてその紛争が徐々に戦争へと発展していったのだ。 そうか、そうだったのか。ということは、別の方法でうまく夫婦ゲンカをやめさせれば、悲惨な未来は防げるのだ。 「ケンカの原因は何なのです?」僕の質問に、若き日の両親は口を揃えて答えた。 「……私たちは離婚をすることになったのですが、子供をどちらが引き取るかでケンカになっているのです」 そういうことか。だったら解決方法は簡単だ。僕は魔人を呼ぶと最後の願いを口にした。 「承知しました」 魔人が指を鳴らすと、僕の姿はすべての時代から消え失せた。 だから、宇宙に平和が訪れたのかどうか、僕は知らない。
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「争うことのちっぽけさ」「エスカレートすることの怖さ」を描きました。
決して「亡くなった人の命がちっぽけだ」と言っているわけではありません。憎むべきは、大勢の人が亡くなったという事実だけです。
喪失の悲しみを新たな喪失で癒してはいけません。戦争で死にたいと心から思っている人など、この世にはいないのではないでしょうか。
(2001/9/17、2001/9/28)
発表日から考えると、9.11アメリカ同時多発テロの直後に書いた話だと思います。戦争が起こっていない期間が1秒でも長くなるように、今後もいろいろと考えていかないと……と思います。
(2020/6)
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