お客さま
おかあさんが出かけたので、ノリコはまたお留守番でした。 ノリコは目が不自由だったので、ひとりではおもてに遊びにいけないのです。 お医者さまのお話では、根気よく治療を続けていればいつかは治るということですが、それがいつなのかは分かりません。十年後、いいえ二十年後かもしれないのです。 「たいくつだなぁ」 ノリコがそうつぶやいたとき、ピンポンと呼び鈴が鳴りました。お客さまです。 「は~い!」 ノリコはあわてて玄関まで行きましたが、おとうさんの「誰が来ても不用心に家の中に入れてはいけないよ」という言葉を思い出して、ドア越しに言いました。 「どちらさまでしょうか」 「あたしよ」 ノリコはその声に聞き覚えがありました。でも、どこの誰だったか思い出せません。 ノリコが悩んでいると、お客さまは勝手にドアを開けて家の中に入って来てしまいました。 「あら、おかあさんったらカギをかけ忘れていたのね」 仕方なくノリコはお客さまを客間にお通ししました。 お客さまはノリコの出したお茶をおいしそうにのみながら言いました。 「ひとりでお留守番? えらいわね」 「いえ……、本当はおもてで遊びたいんですけど」 「じゃあ、いいものがあるわ」 「いいもの?」 「これよ」お客さまは何かを取り出してテーブルの上に置きました。「このくすりをのめば、あなたは自由におもてに出かけられるのよ」 「それをあたしにくださるの?」 「ええ。そのかわりちょっとご用事を頼んでいいかしら?」 ノリコはうなずくと、そのくすりをのみました。 「じゃあ行きましょう」 ノリコはお客さまに手を引かれて表に出ました。しばらく歩くとお客さまは立ち止まり、「じゃ、お願いね」と言い残してどこかへいなくなってしまいました。 「ここはどこなのかしら?」 知らない場所へ一人のこされたノリコが途方に暮れていると、だんだんと周りが明るくなって来ました。 「見える! 目が見えるわ」 さっきのんだくすりが効いて来たのです。ノリコははじめてみる風景に、しばらくのあいだうっとりと見とれていました。 「いけない、ご用事を済ませなくちゃ」 ノリコの目の前には一軒のお家が建っていました。 ノリコがピンポンと呼び鈴を鳴らすと、家の中から「は~い!」と声がしました。 「どちらさまでしょうか?」 ノリコはその声に聞き覚えがありました。どこの誰だったかもなんとなく分かります。 「あたしよ」 ノリコはそう言うと、高鳴る胸を押さえながらドアを開けました。 そこには可愛らしい女の子が立っていました。女の子は笑顔で言いました。 「おかえりなさい。おかあさん!」