恋のサンオイル
おれの彼女はとびきりのいい女だ。 別に自慢しているわけじゃない。それが悩みの種なのだ。 いい女だから、当然周りの男からはモテモテ。おれはヒヤヒヤしっぱなしなのである。 「ゆうべ会社の人とのんでて記憶がなくなっちゃった」なんてあっけらかんとした笑顔で言われると、おれはたちまち激怒する。 「なんでそんなことするんだ! 危ないじゃないか」 「なによォ、なんにもないったら。ホント大げさなんだから。バッカみたい」 「バカとは何だ! おれがお前を心配して言ってるのが分からないのか!」 「分からないわよ。あたし、あなたを心配したことなんかないもん」 「うっ……」 この一言におれは弱い。これは自慢してもいいくらいなのだが、おれの方はと言えば、まったくモテないのだ。彼女がおれのどこを気に入ってくれているのか、不思議なくらいである。 一度でいいから彼女にヤキモチを焼かせて、おれの心配する気持ちを分かってもらいたい。 「だったらこれを使ってみろよ」 製薬会社に勤めている友人は、話を聞き終わるなり鞄から茶色の小瓶を取り出した。 「これは……サンオイル?」 「ああ。媚薬の研究中に偶然できたんだ。これを体に塗って太陽の光を浴びると、周りの女達はたちまちお前に夢中になる」 普通ならばとてもそんな都合のいい話は信じられないところだが、モデルのような美女と去って行った友人を見送った後では試さないわけにはいかない。 早速おれは、連休を利用して彼女と南国のビーチに出かけた。砂浜にシートを広げ、オイルを体に塗る。 「あたしにも塗ってよ」 「ダメだ!」これ以上モテられてたまるもんか。 「なによォ。いいよ〜だ! あたし泳いで来る!」 彼女は怒って行ってしまったが、構わずおれは寝そべって甲羅干しを始めた。 「あの……、おひとりかしら?」薬の効果が現れてきたのか、しばらくすると側を歩いていたグラマーな女が話しかけてきた。 「え……、その、あの……」おれが答えに困っている間にも、まわりの女達が次々と頬を染めながらウヨウヨと寄ってくる。瞬く間におれの周りには女の人垣ができた。 おれの彼女は人垣の外で唖然とした顔をしている。薬は本物だったのだ! その夏、おれはことあるごとに彼女を海やプールに誘っては、自分のモテぶりを披露した。 彼女はずっと複雑そうな表情をしていたが、夏が終わりに近づいた頃、とうとう切ない声でポツリと漏らした。 「もう、こんなの耐えられない……」 やった! ついにおれは彼女にヤキモチを焼かせることに成功したのだ。 これでふたりの恋はますます燃え上がっていくに違いない。彼女にもオイルの効果は及んでいるはずだし……。 しかし、予期せぬ言葉が彼女の口から続いた。 「別れましょう」 「ええっ! なんで!? おれが女にモテすぎるのが気にくわないのか? だったら、実はあれは……」 「女? 別にそんなのどうでもいいわ」 「え……!? じゃあ、どうして……」 彼女はただ一言。 「あたし、色白の人が好みなの」