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《読みかた》


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恋の壊死

 いつの世にも報われない恋というものは存在する。  上流貴族の娘アグネスと、社会の底辺を生きてきた若者サム。  ふたりの恋も、そんな恋のひとつだった。 「もしもし、お客様。携帯電話をお忘れですよ」  ホテルのボーイをしていたサムの言葉にアグネスが振り返ったその瞬間、悲劇の恋は始まった。  目と目がお互いの姿を確認した時、恋の導火線に火がついた。  炎は重なり合ってひとつになり、一層激しく燃え上がる。  だが、燃えさかる炎は分厚い壁に遮られた。 「そんな身分の賤しい男との結婚など断じて許さん! 財産が目当てに決まっとる。それがお前には分からんのか!!」  アグネスの父親は、再三の説得にも全く応じようとしなかった。  外出を制限されたアグネスは、サムと携帯電話で会話を交わすのがやっと。 「ああ、サム。あなたに会いたい……!!」 「僕もだよ、アグネス。なんとかお父さんを説得する方法は……」  だが、有効な手だては何も見つからない。アグネスは、ただ毎日をさめざめと泣き暮らすしかなかった。  そんなアグネスの部屋に、ある日父親が訪れた。 「悲しんでいるお前の姿を見ているのは、わしもつらい……」  そう言うと、父親は手に持っていた小箱をアグネスに差し出した。  開いてみると中には、見事な宝石に彩られた金色の指輪が輝いていた。 「それをお前にやろう。同じ指輪をサム君にも送ってある」 「……お父様! じゃあ、私たちの結婚を許して下さるのね!!」  アグネスはあまりの嬉しさに涙を浮かべながら、父親の胸に飛び込んだ。  父親は静かにうなずくと言った。「ただし、条件がある」 「……条件?」 「この指輪をいつも身につけていて欲しい。それさえ守ってくれるなら、わしは何も言わないよ」 「ええ。約束するわ!」アグネスは父親の頬にキスをすると、一目散に部屋を飛び出していった。  その背中を見送りながら、父親はポツリと呟いた。「すぐに帰って……来いよ……」 「お父様が、私たちのことを許して下さったの! 今から会いに行くわ」 「ああ! 僕のところにもお許しが届いた。いつもの公園にすぐに行くよ!」  アグネスは携帯電話を切ると、夕闇の迫る街路を軽い足取りで駆け抜けた。  もうすぐ愛しいサムに会える。そして、誰にも邪魔されることなく抱きあうことができるのだ。ふたりの未来を想像しただけで、アグネスの胸は幸せな思いに締め付けられた。 「……!?」大通りに出る角で、アグネスは不意に足を止めた。  左手の薬指に鈍い痛みが走ったのだ。見ると父親に貰った指輪が、薬指の根元を締め付けている。  それはまるで「会いに行くな」と訴えかけているかのようだった。 「な、何よこれ……!?」アグネスは構わずに歩き始めた。だが、一歩一歩進むごとに指輪はじわじわと薬指を締め付けていく。次のストリートを横切る頃には、薬指の痛みは耐えきれないほどになっていた。 「痛……!」アグネスが思わず後ずさりすると、指輪は少しだけ緩くなる。どうやら、公園に近づくほど──すなわちサムに近づけば近づくほど、指輪は徐々に収縮していくようだった。 「お父様……。どうしてもわたしをサムに会わせないつもりなのね! でもそうはいかないわ……!!」  アグネスは激痛にうめきながらも、這うように進み始めた。  すでに肉に食い込んでいる指輪は、とても取り去ることができない。すっかり血の気を失った薬指は、紫色に変色してしまっている。このままでは壊死してしまうのも時間の問題だ。  だが、アグネスはその歩みを止めようとはしなかった。  愛するサムと別れるくらいだったら薬指の1本なんて!!  アグネスは懸命に歩き続けた。脂汗に曇った視界に公園が姿を現した時、携帯電話の着信音が鳴った。その向こうからは辛そうなサムの声。 「ア、アグネス……。このままじゃ、き……、君と会うのは無理だ……。残念だが、引き返そう……」 「何を言うのサム! 私は……あなたのためだったら指の一本くらいなくしても平気よ! あなたも本当に私を愛しているのならば、会いに……、会いに来て……!!」  彼も苦しんでいるのだ。私が負けるわけにはいかない!  アグネスは最後の力を振り絞って足を進めた。  薬指の骨が砕ける音がした時、あまりの痛みにアグネスは声もなく倒れ込んだ。  そこはすでに公園の敷地内だった。 「アグネス!」  すかさずそこに走り込んできたのは、1台の高級車だった。アグネスの父親がドアから飛び出す。「何をしている! 早く応急処置をするんだ!!」  父親の指示によって、車に待機していた医師たちがアグネスを取り囲んだ。 「お、お父様……」 「アグネス、すまなかった……。これは『愛する人に近づくと収縮する指輪』だったんだ。お前のサム君への愛がこんなにも深いものだったとは……」 「じゃあ……、わたしたちのこと、本当に許して下さるのね……」 「もちろんだとも。……お前さえよければな」顔をあげた父親の視線の先には、ちょうど公園の入口を駆け込んでくるサムの姿があった。  サムはアグネスたちに気づくと、脇腹をかかえながら走り寄ってきた。 「どーもどーもお父さん。この度はこんな立派なものを頂いちゃって……」  サムはその腰に輝く金色のベルトを撫でると、はにかむように笑った。 「来る途中でゆるんでずり落ちそうになっちゃって、ちょっと困りましたけどね!」

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あとがき

 首輪にするという案もありましたが残酷すぎるのでやめました。人の想いほど判断の難しいものはないですね。「愛のあるなし」は割と簡単に分かっても、「真実の愛」か「嘘の愛」かは……。

【今回のボツ話】『恋の絵師』『恋のエッシャー』『恋のAC』 次回はどなることやら。

(2000/5/1)

 「携帯」を「携帯電話」に変更。近年はスマホが主流になってきたので、「携帯」だけで「携帯電話」という意味を指す時代はもう終わりかけなのかもしれません。

 携帯電話がなければ成り立たない(少なくとも短くはまとまらない)話なので、携帯電話が発明されて本当によかった。その一方で、現代の多くの家庭や社会を壊しているのも携帯電話だと思いますが。

 高貴な方と交際中のKさんがこの指輪をつけたら果たしてどうなる。

(2021/2/21)

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