『 ぼくはボクサー 』(横書)(文字大:L4L3L2LMSS2S3)(目次)(SS トップ

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ぼくはボクサー

 僕はボクサーだ。  自慢じゃないが、かなり強いんだぜ。百年に一人の天才的な素質を持ったボクサーなんだ。  本当だよ。嘘じゃないってば。  ……ってこんな格好で言っても信じてもらえないかな。  テンカウントが数えられゴングが鳴り響く中、僕は苦痛に顔を歪めながらリングに横たわっていた。僕は今、まさにKOされたところなのだ。  強いなんて嘘じゃないかって? とんでもない! 僕は嘘なんかついてないさ。ただツイてないだけなんだ。  僕が強いのは本当さ。だけど、奴はもっと強いんだよ。  負け惜しみじゃないぞ。奴こそ千年に一人の超天才ボクサーなんだ。僕がボクサー山の頂上にいるとしたら、奴はその遥か上空に浮かんでいるんだ。  こんなの反則もいいところだよ。 「挑戦者は7度目の世界挑戦でしたが、またも破れ去りました!」 「駄目ですねぇ。全然なってませんねぇ。期待はずれですねぇ。もう引退でしょうねぇ」  解説席ではかつての世界チャンピオンが勝手なことを喋っている。  フン! あんたに何が分かるっていうんだ。あんたがチャンピオンになれたのは、あんたの時代に奴がいなかったからなんだ。もし奴が10年早く生まれていたら、苦労していたのはあんたの方なんだぞ! そして、僕は今ごろは簡単に世界チャンプに……。 (じゃあ、そうしてやろうか?)  変な声がかすかに聞こえたかと思うと、僕の意識は急に遠くなり、再び目覚めた時は自宅のベッドの上だった。 「もしや」と思い、僕は側にあったボクシング雑誌を引っ張りだした。  そこに奴の名前はなかった。  古雑誌をひっぱりだして見ると、10年前の雑誌に奴は載っていた。世界チャンピオンに何年も君臨した後、3年前に引退している。 「やっぱり!」僕は踊りだしそうになった。僕の願いが天に通じたのか、奴は僕の目の前から消え失せ、過去の人間になったのだ。  奴がいなければ世界チャンピオンになるなんて簡単だ!  ……と思ったのだが甘かった。  テンカウントが数えられゴングが鳴り響く中、僕は苦痛に顔を歪めながらリングをのたうちまわっていた。僕はまたKOされたところなのだ。  しかもこれは世界タイトル戦ではなく、日本ランキング戦なのだ。  どうやら、奴がチャンピオンだった数年間で、ボクシング界はかなりのレベルアップを果たしたらしい。奴に立ち向かうために、皆の実力が底上げされていたのだ。  僕は日本チャンプにもなれないまま、引退間近になってしまった。  こんなの嫌だ! どうせなら奴を未来の人間にしてくれればよかったのに! (じゃあ、そうしてやるよ)  次に目覚めたとき、世界から奴のすべてが消えていた。古雑誌にも奴の名前はない。僕の願いはまたも聞き入れられたのだ。  おかげで僕は簡単に世界チャンピオンになることができた。当然だ。奴さえいなければ、僕の実力はけた外れなのさ。  僕は防衛回数を伸ばし『最強』の伝説を作った。当然女にももてる。僕はボクサーを引退すると、とびきりの美人と結婚した。  幸せだ。こういうのを『成功した人生』と言うんだろうな。  輝かしい栄光に支えられた余生を想像するだけで、僕の顔はゆるみっぱなしだよ。もうすぐ赤ん坊も生まれるんだぜ。彼女との子供なら、きっとかわいい子が……。 「!!!」  生まれてきた赤ん坊の顔を見た瞬間、僕のとろけた顔はたちまち凍りついた。  奴そっくりの顔がそこにあった。  本当に僕はツイてない。よりによってこれからの人生を、家庭内暴力におびえながらビクビクと過ごす羽目になるなんて……。

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あとがき

 かつて自分が受験に失敗した学校のレベルが今は下がっていたら……似たようなことを考えますよね。
 私自身は特にボクシングに詳しいわけではないんですが、格闘技は全般的に好きです。時代の違う二人を戦わせたいというのは、格闘技ファンの永遠の夢でしょうね。

(1999/4/28)

 たまたまボクシング物にしているだけで、いろいろなジャンルにあてはまる話ではないでしょうか。芸術では分野によっては時代の変遷によりレベルダウンする場合もありますが、人間の身体能力や頭脳を競うスポーツでは時間による全体のレベルアップは不可避なのかもしれません。

(2021/3/5)

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