『 ある出産 』(横書)(文字大:L4L3L2LMSS2S3)(目次)(SS トップ

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ある出産

 まだ夜明け前の産院。  待合室では一人の青年が所在なげに歩き回っていた。  そこに通りかかった老医師が見かねた様子で青年に話しかける。「まあまあ、あなた。落ち着いて、少しお座りになったらいかがです?」 「はぁ、すいません。なにせ初めてのことなので……」  青年は老医師に促されるまま長椅子に座ると、喜びを押さえきれない様子で言葉を続けた。 「何しろ、僕と彼女の赤ん坊が産まれるんですよ! 運命の出会いをした僕と彼女の子供! きっとかわいいに違いない……」  老医師は顔に穏やかな笑みをたたえながら相づちをうった。「ほほう、運命の出会い?」 「実はですね。その日、僕はたまたま街角で手相を見てもらったんです。そうしたらその占い師が『真夜中の教会であなたの運命の人が待っている』なんて言うんですよ。そんなわけないと僕も思いましたよ。でもね、半信半疑で近くの教会に行ってみたら、いたんです。彼女が! 僕達はすぐに恋に落ちました。後で聞いたら偶然彼女もその日、ある占星術師に『教会に運命の人が来る』って言われたそうなんです。どうです、運命でしょう?」 「ははぁ……」 「何です? 信じてくれないんですか? 本当ですよ」 「いえ、信じますよ。だって、実を言うとその占い師は両方とも私ですから」 「え?」  驚いた青年が見ると、いつの間にか老医師は真顔になっていた。 「ちょ、ちょっと待って下さいよ。なんでまた、そんなことを?」  老医師はゆっくりと話し始めた。「私は昔からこの産院で働いているのですが……、ある時二人の赤ん坊を取り違えてしまったんです。よりによって出産直後の男の子と女の子をね。発覚が恐くてずっと言い出せなかったんですが、やはり罪悪感からは逃れられない」 「……? だったら正直に話せばよかったじゃないですか」 「その頃にはもう子供も大きくなっていて、両家族とも幸せに暮らしていたのです。私の告白がその幸せな生活を壊してしまうと思ったら、とても言い出せなかった。だが、このまま黙っていては、親御さんは自分と血の繋がっていない孫、ひいては曾孫を抱くことになるかと思うといたたまれず……。私は考えました。そして、取り違えた二人同士が結婚すればいいということに気づいたんです。そうすれば、生まれてくる孫の血筋も元通り」 「まさか……」 「そう。占い師に変装した私は、取り違えた二人を引き合わせることに成功しました。そして今日、その二人には赤ん坊が生まれようとしている……」  老医師は突然青年の足下にひれ伏すと、頭を床にこすりつけながら叫んだ。 「申し訳ない! 全部私が悪いんだ。秘密にしておくつもりだったのだが、あなたの顔を見たら黙っておくことができなくなって……」  泣きながら土下座をする老医師に、青年はそっと手を差しのべた。 「……いいんですよ。取り違えの件はショックですが、そのおかげで僕は彼女と出会うことができたんですから……」 「許してくれるのですか!?」老医師の顔に明るい表情が戻るのと同時に、窓からは朝日が差し込んだ。 「ええ。あなたの過ちは、全部水に流しましょ……」  その時、突然青年の体が小刻みに振動を始めた。老医師は心配そうに覗き込む。「ど、どうしたんです?」 「そういえば……」青年は一瞬で土気色に変わった顔を震わせながら言った。「うちの奥さんって姉さん女房でしてね……」 「へ?」  青年は凄まじい怒りに満ちた目で老人を睨みつけた。「つまり……あんたは僕と……僕の兄貴を間違えたんだ!!」  青年の叫びをかき消したのは、産室から響きわたる禁断の産声。

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あとがき

 友人の某ご夫婦をはじめ、2001年ベイビーをご懐妊のみなさん、おめでとうございます。こんな小説は縁起でもないでしょうが、それとは関係なく元気な赤ちゃんを産んで下さい。夫婦の関係にはご注意を!

(2000/12/20)

 最近、福山雅治主演の映画『そして父になる』を見て感動したばかりの身としては、同じテーマでもこんな作品を書いている自分を恥じたり恥じなかったり。

 オチの一文など、数か所を修正しました。

(2021/2/25)

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