ある禁煙
禁煙っていうのは、簡単なようでなかなか難しいもんだ。
くせになっているので、いつのまにかタバコに手をのばしてしまう。
「どうにかうまいことやめる方法はないものかなぁ」
男がポツリともらすと、5才になる娘が「じゃぁ、あたしのためにやめて」と言う。
「どういうことだい?」
「もしパパがおタバコ吸ったら、あたしがすきなものをやめることにするわ。あたしのことがかわいそうだと思ったらゼ〜ッタイに吸っちゃダメよ」
「ようし分かった」
男は何気なく娘と約束をかわした。
* *
「あら、どうして残すの。大好物のはずでしょ」
その日の夜。ハンバーグになぜか手をつけようとしない娘に、母親が聞いた。
「あのね。さっき、パパがおタバコ吸ってたの。だからあたしも、ハンバーグ、だいすきだけど食べないの」
男は思わずゴホゴホと咳き込んだ。「まいったなぁ。見てたのかい? いいから食べなさい」
「だって……、お約束したもん」
確かにこんなことを愛らしい顔で言われたら、タバコなどもう吸えない。
「分かった……、これからは絶対に約束を守るから」
「じゃ、ゆびきりよ」
娘はこぼれるような笑顔と共に、小さな小指を男の前に差し出した。
「ゆ~びき~りげ~んま~ん……」
男は思った。ああ、おれは幸せだなぁ。
* *
「パパ! パパ! 大丈夫!?」
娘が勢いよく病室に飛び込んできたが、ベッドの上の男は返事をすることができなかった。
「パパ! パパ……! ママ。どうしてこんなことに……!?」
「何日か前、急にタバコを何箱も買ってきたかと思うと、狂ったように吸い始めたのよ。やめさせようとしたんだけど、どうしても言うことを聞かなくて……。よりによって何で今日、こんなことに……」
「待って、パパが何か言ってる!」
「や……くそく、ま……も……」
娘は涙声で言う。「約束を守れなくてごめん……って言うのね? いいのよ。そんなこと。だから早く元気になって!」
「ち…が……う……、ま……も…れ……。……………………」
「ご臨終です」そばにいた医者が男の脈を見てから言った。
「パパ~!!」
娘は父親に抱きつくと泣き崩れた。
涙に濡れた白いウェディングドレスが眩しかった。