愛のチャンネル争い
ぼくはチャンネル争いでアニキに勝ったことがない。だからその日はがんばったんだ。 「絶対に『宇宙マン』を見るんだ!」 「いいや。『クイズ・クダラネ』を見る」アニキはぜんぜん取り合ってくれない。 「クイズ番組なんて一回くらい見なくったっていいじゃんか! 『宇宙マン』は今日、最終回なんだぞ!」 「おれが見たいって言ってんだ。つべこべ言うな」 「ぼくが『宇宙マン』を見たい気持ちの方が強いんだ!」 「いいや、おれが『クダラネ』を見たいって気持ちの方が強いね」 そんなこと、寝ころんでアクビをしながら言われたって、信じられるもんか。 「では、この機械はいかがでしょう?」 開いていた窓からそう声をかけてきたオトナにぼくはきいた。 「おっちゃん誰?」 「私はセールスマンです。ちょいと、坊やたちの声が耳に入ったもんで……。いい製品があるんですよ」そう言うと、セールスマンは、銀色のアタッシェケースから小さな機械を取り出した。 「わぁ、なあにこれ?」ぼくたちは目をかがやかせて機械をとりかこんだ。 「これは『スキスキ度測定マシン』です。説明するより試してみましょう。ちょっとこれを握ってください」セールスマンは、機械から伸びているひもみたいなものを一本ずつぼくたちにつかませた。「いいですか? さっき話していたお互いが好きなテレビ番組のことを、おふたりともそれぞれ一生懸命に考えてください」 そう言われたぼくは『宇宙マン』のことをいっしょうけんめいに考えた。ああ宇宙マン……。今までこんなに応援してきたんだ。今日きみを見のがしたらぼくは……。 ピピピピピピピピピピピ……。 とつぜん音が鳴り出し、機械の上のほうについていた針がアニキの方にかたむいた。 「どうやらお兄さんの勝ちのようですね」セールスマンの言葉に、アニキがニヤリと笑う。 そんなバカな! こんなにぼくは『宇宙マン』を見たいっていうのに! 「今夜は『クイズ・クダラネ』で文句ないな」アニキの言葉に、ぼくはクチビルをかみしめながらうなずくしかなかった。 * * それから数年後。高校生になった僕は恋をした。 その恋はめでたく実り、僕にはかわいい彼女ができた。有頂天になった僕はアニキに彼女のことを自慢した。 でも、それが間違いの元だった。アニキは僕の彼女にちょっかいを出すようになったんだ。 僕はアニキに文句を言った。「僕の彼女を取らないでくれよ! 僕は彼女を愛してる! 愛してくれる人と一緒にいるほうが彼女は幸せになれるんだ!」 「おれだってお前以上に彼女を愛してるよ」 ウソつけ。遊びのくせに! ……そう叫びたいのをこらえて僕は言った。「じゃ、どっちの愛が強いかこれで勝負だ! 負けた方は彼女から手を引くんだ」 僕はあの日の機械を取り出した。お小遣いで買っておいたのだ。 ひもを握った僕は、彼女のことを懸命に考える。ああ、好き好き、大好きなんだ。君なしでは僕は生きていけない……。 ピピピピピピピピピピピ……。 電子音とともに、機械の針はアニキの方へと傾いた。 「どうやら、おれの方が彼女を幸せにできるみたいだな」 「そんなバカな! だってアニキには他にもいっぱい女がいるじゃないか!」 「ああ。全員を深く愛しちゃってるのさ。おれって愛する能力が人一倍あるのかな」 「そんな……!」言い返そうとしたが、現に機械の判定で負けている以上何も言えない。僕は泣く泣く彼女と別れた。 * * それから数年後。僕はアニキの新居を訪ねた。 「いらっしゃい」笑顔で出迎えてくれたのは彼女だった。結局彼女はアニキと結婚したのだ。アニキは外に何人もの女を囲っているらしいが、それにもかかわらず彼女は幸せそうだ。 「よう、久しぶり。どうした?」アニキは居間のソファでくつろいでいた。 「今日は勝負してもらいに来たんだ」僕はカバンから例の機械を取り出した。「アニキに負けたままじゃ悔しいからね。僕もここ数年で『愛する能力』をひそかに磨いたのさ」 アニキは、少しも動じずに言った。「で、何について勝負するんだ?」 「今回はノンジャンルといこう。お互い、何でもいいから好きなものについて考えるんだ」 「いいだろう」 こうして僕とアニキの勝負は始まった。憎きアニキを今日こそ負かすのだ。自信はあった。この日のために、愛すべきものたちを沢山考えておいたのだ。 僕を産んでくれたお母さん。お世話になった人々。恋い焦がれた女性。周りの豊かな大自然。そして、美しい地球……!! ピピピピピピピピピピピ……。 しかし、無情にも機械の針はまたもやアニキの方に傾いた。 敗北感に打ちのめされながらも僕は言った。「ア……アニキ。いったい何について考えたんだ?」 アニキはタバコに火をつけながら言った。「おれが考えてたこと? いつも、たまたま目の前にあったもののことを何気なく考えてただけだけど?」 「目の前にあったもの?」 アニキが笑顔で続けた言葉は、予想もしていなかったものだった。 「つまり、お前のことさ」